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からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話

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 ♪むなしく廻る糸ぐるま 白衣の眼にさえひとすじの
  涙で散ります面影もみじ ああ わびしい ここは高崎ネオンまち


  夜霧にぬれる乱れ帯 切ない逢瀬の綾織(あやおり)も
  こらえて流した渡良瀬川に ああ 別れの ここは桐生 霧のまち


 2コーラスが終わる頃。美和子の姿をあらためて振り返る目がおおくなる。
驚きを含んだ目が、スーテージの美和子に釘付けにされていく。
シンプルな旋律と簡潔な歌詞が、見つめる人たちのこころの中に
沁み込んでいく。
恋に敗れた女が、夜の街を流れていく寂しい唄だ。
切々とした情景を、美和子のすこしかすれた声が淡々と歌い上げていく。


 「あの子の持ち歌だってよ・・・・いい歌じゃねぇか。
 可愛いだけかと思ったら、けっこうやるじゃねえか。あの姉ちゃん」

 「有線で、リクエストの上位にはいってきた曲でしょう。
 飲み屋街限定だけど、地道にヒットするだろうと評判です。
 へぇ、この子が歌うとは知りませんでした。
 そういえばこの歌は、あの子が自分で作詞をしたという噂だよねぇ。
 そうでしょう、康平くん」

 「彼女は最近、作詞家協会の会員に推挙されました。
 地方在住の作家として、全国的に初めてという快挙だそうです」

 「本当かそれ。ますます人はみかけによらねぇなぁ。
 好きで歌っている、売れない地方の演歌歌手の一人だと思っていたら、
 実はプロの作詞家のねえちゃんか・・・・
 へぇぇ、おったまげたねぇ。おそれいった」

 岡本が、口に運びかけていたグラスを、思わずテーブルへ戻す。
ステージで熱唱している美和子の姿を、あらためてしげしげと見つめる。


 (そういえば・・・・先代の葬儀が終わったあと、直しで、
 身内同士で飲もうということになった。
 浅草の飲み屋を無理矢理に貸し切って、まっ昼間から宴席したことが有った。
 そんときに佐野一家の紹介で、歌のうまい女の子がひとりやって来た。
 演歌を2~3曲、歌ったことがある。
 たしか、こんな雰囲気で歌う女の子だったような気がする。
 だが確信はねぇ。同じような気もするし、違うような気もする。
 俺もヤキが回ったな。肝心なことをどうしても思い出せねぇ・・・・)

 岡本の脳裏に、先代組長の葬儀の様子が浮かんでくる。
懐かしい映像の中にすこしずつ、鮮明な映像もよみがえってくる。

 (そうだ。あの日は、葬儀の最中に、もめ事が発生したんだ。
 反対勢力の2人が、ピストルをもって葬儀の席に乱入してきた。
 葬儀に参加していた幹部の2人が射殺されるという、大惨事に発展した)

 ヤクザ映画を地で行くような、前代未聞の暴力団の抗争事件が発生した。
「四ツ木斎場事件」と呼ばれた、斎場での殺傷事件だ。
発砲の大騒ぎが一段落したあと酒宴の席で、岡本たちに演歌を披露したのは、
高校を卒業したばかりの、お下げ髪の少女だ。
あどけなさばかりが目立つ、歌のうまい可愛い少女だった。
  
 「それにしても見れば見るほど、よく似ている・・・」
岡本がポツリと、口の中でつぶやく。