からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話
「おいおい。若い者の仲を切り裂いていたのでは、いかにも
まずいものがあるだろう。
少しは手加減をしてやれ。
それが原因でこの若いふたりが、別れることにでもなったら大変だ。
原因は、すべてママのせいという事になる。
憎まれると後が怖いぞ」
「あら。そうなの? 付き合っているの、あんたたちは?」
真正面から見つめてくる辻ママの眼差しを前に、康平がグラスを
手にしたまま、思わず、ズシリと固まってしまう。
(あらら、ママが真正面からの切り込んできました。
康平はいったい、どんなふうに答えてくれるのかしら・・・)
好奇心を隠したまま美和子が、涼しい目のまま、じっと康平を見つめる。
康平はグラスを宙に停めたまま、思案顔のまま困り果てている。
目線を外したママが、いたずらっぽい目を、今度は美和子に向けてくる。
「入ってきた瞬間から、仲の良い雰囲気が漂っておりました。
てっきり、内緒でお付き合いをしている仲かと、詮索してしまいました。
なんだ、わたしの早とちりですか。
本当は、これからお付き合いをはじめるんでしょ、あなたたち。
康平くんが初めてきたのは、いまから10年くらい前。
その後も思い出したように来てくれましたが、来るたびにいつも一人です。
康平くんは、まったく女っ気のない青年のひとりです。
そうそう、そういえば一度だけ、うちで働いていたおさげ髪の千恵ちゃんに、
横恋慕した時期などが、ありましたねぇ」
「ほう。こいつがおさげ髪で人妻の千恵ちゃんに、道ならぬ恋をしたのか。
そういえば、よく見るとこちらのお嬢さんにも、同じような雰囲気がある。
そうか。ひょっとすると、このお嬢さんにかわりに、
千恵ちゃんを好きになったのか。
康平、お前も隅に置けない男だな。
身代わりで想いを寄せられた千恵ちゃんも、はた迷惑な話だ。
へぇ、そんな逸話があったのか。
男と女がいるかぎり、いつだって、摩訶不思議な縁が生まれるもんだな。
そうか。俺も、誰かに恋をしたくなってきたぜ。むっふっふ」
岡本が、手元のグラスをカラカラと鳴らす。
何も言い返せない康平を、面白そうに見つめる。
困り果てている康平の様子に、黙って見つめていた美和子がついに
助け舟を出す。
「高校時代からの古い知り合いなんです、あたしたち。
縁は有りましたが、なぜか先へ進まず、ほろ苦い想いを残したまま、
別々の道へすすみました。
早いもので、あれから10年が経ちました。
それにあたしはもう、人妻なんです。お嬢さんではありません」
「あら。やっぱりワケ有りじゃないの、おふたりは。
別に、かまうことなんかありません。
こうして見ていても、好きあった者同士というが、いまだに濃厚に
漂っています。
なんとかなります諦めない限り。この先で、きっと」
「おいおい、辻ママ。いう事が乱暴すぎる。
まだ付き合ってもいない若い二人に、いまから不倫をすすめてどうするんだ。
こういう場合、真面目に人の道を説くのがママの仕事のはずだ。
あきれたなぁ、ほんとうに。辻ママのアドバイスには。
ハラハラドキドキの、自由奔放が溢れっぱなしだな!
まいったねぇ実に・・・・」
「不良で、私よりも、はるかに自由奔放に生きているあなたに、
そんな風に、いちいち言われたくありません。
いいじゃないの。若い人たちが、勢いに乗って間違いを起こしたって。
あんただって、今まで沢山間違ってきたくせに。
人生のほとんどは、間違いと勘違いの繰り返しです。
それに気がついて、いさぎよく元へ戻ることを勇気と呼ぶ場合もあります。
瓢箪から、駒が出るときもあるわ。
人生は一寸先が分からないから、愉しんじゃないの。
心あたりを数えたら、岡本さんもトシさんも実はたくさんあるでしょう。
任侠道に生命を賭けて、男を売っている岡本くんの場合は、
山ほどもあると思います。ねぇぇ。うっふっふ」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話 作家名:落合順平