からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話
「おい、トシ。細かい説明を抜きにして、結論だけをいうんじゃねぇ。
それじゃあ、みんなが誤解をするだろう。
話がどこにでもあるような、惚れた腫れたの話になっちまうだろう」
「面倒くさいな。じゃ、そこから先は自分で話せ。
なぜお前が、ここの辻のママさんに、心底惚れるようなことになったのか。
恥ずかいことなんかあるもんか。
ママの気風も流石だ。それに感銘したお前さんの心意気もやっぱり流石だ。
話してやれ。若いものには良い勉強になるだろう」
そこへ、「あら、なんの話? 私も聞きたいわ」と辻ママが戻ってきた。
万事休すの空気の中。岡本が無言のまま、自分のグラスを美和子の前
へ突き出す。
「はい」美和子が、岡本のグラスへたっぷりと酒を注ぎ込む。
「師匠、もう一杯いきましょう」と、康平もまた徳利を持ち上げる。
「ありがとう。長くなるかもしれねぇなぁ。もういっぱい行くか仕方ねぇ」
長くなりそうだからなと、俊彦が岡本を見つめる。
熱い視線に根負けした岡本が、ついに覚悟を決めて、事の顛末を語り出す。
「命までを取られるわけじゃねぇ、覚悟を決めて白状するか。
あれは今から、5~6年前のことだ。
その頃から、ここのテナントにはチョイチョイ顔を出していた。
顔を出していたのは、此処じゃねぇ。
2軒ばかり隣にあったフィリッピン・パブだ。
その日も集金してきたばかりのバッグを持って、ノコノコと
駐車場へやってきた。
いつもならバッグは店の中まで持ち込むか、そうでなければ
外から見えないように、座席の下か、トランクへ隠しておくのが常だった。
ところがその日に限って、助手席の座席の上へ放り投げた。
俺はそのまま、車を降りちまった。
俺の不注意が、すべての災難の始まりになった」
「すまねえ、もういっぱい酒を注いでくれ」
カラになった酒のグラスを、もう一度、乱暴に美和子の前へ突き出す。
辻ママが、美和子の手から徳利を譲り受ける。
岡本のグラスへ、酒をトクトクと満たしていく。
「すまねぇママ・・・・ありがとうよ。
飲み屋の駐車場で、自分の車を離れる時は車の中にバッグや金品を
残さないことは、基本中の基本だ。
それが出来ていないんだから。まぁ、油断したとしか言い様がない。
いやな予感は薄々としていた。
案の定、心配はものの見事に的中した。
2時間ほど飲んで、車へ戻ってきたら、助手席のガラスが粉々に割られていた。
助手席に置いておいた大金入りのバッグが消えていた。
『やられた』と思ったが、後の祭りだ。
車上荒らしの盗難届けを出すために、警察を呼んだ。
それもまた、悪夢の始まりだった。
やってきたのは、若いお巡りの二人組だ。
この若い二人がまた、蛇のように執念深かった。
盗難届出して、その場を簡単に収めるつもりだった。
だが俺が極道者だと分かると、悪意にみちた取り調べぶりをはじめた。
盗られた金は覚せい剤の売上金だろうとか、みかじめ料にしては
多すぎるとか、こちらの腹まで詮索してきた。
挙句に、緊急でもないのに公安を呼びつけた。
さらに応援だと言って、追加で2台のパトーカーまで呼びつけた。
たかが車上荒らしの現場へ、結局、3台のパトカーと1台の覆面が
駆けつけてきて、駐車場が、上へ下への大騒ぎになってきた。
なんだかんだで、それからさらに2時間あまり。
悪意にこりかたまった警察の連中が、引き上げていったのは、
夜明けも間近い午前4時過ぎのことだ。
やっと解放されたので、やれやれと車へ乗って帰ろうとしたら、
ここの辻ママが背後から、また俺を呼び止めた」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話 作家名:落合順平