からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話
からっ風と、繭の郷の子守唄(35)
「不良といえども人の子でたまにはやたらと、人の情けが身にしみる」
「そうだな・・・そんな昔があったな。
新しい店を開拓しない岡本が、ある日突然、新しい店に行こうと誘いに来た。
珍しいこともあるもんだと思いながら、付き合うことにはした。
だが人を誘いに来たくせに、何処へ行くと聞いても、モジモジしたままだ。
あげくの果てに、花束を買うから選んでくれ、ときたもんだ」
グラスに残った最後の酒を、俊彦が綺麗に飲み干す。
ほっと一息をついた後。岡本の横顔を見つめ、その頃のことを頭の中で
思いおこす。
「もういっぱい、いかがですか?」と徳利を差し出す美和子を、手で停める。
コホンとひとつ咳払いしてから、俊彦がふたたび話を続ける。
「とにかく要領を得ない。理由を話せと岡本に迫ってみた。
こいつがようやく、理由を話し始めたのは、30分も経ってからだ。
世話になった人がいるので、感謝の気持ちを伝えるために、
花束を贈るという。
だから選んでくれ、ただその一点張りだ。
それは一体どういう意味で、相手はどういう人なんだと強く詰め寄った。
そしたらこいつ。『惚れぼれするほどの、いい女を、ついに見つけたんだ』
と、ようやく白状した。
驚いたぜ俺も。こいつの本音を聞いた瞬間は」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第31話~35話 作家名:落合順平