人食いトロルと七色のバナナ
「説明するとそこはな、とにかく苔以外は何にも生えてへんねん。とにかく苔や。だだっ広〜い苔の原っぱが続いてるイメージやな。それだけなんやけど、これがまたけったいなところやねん」
「ケッタイ?」
「んー、そうやな。まあ、とりあえず…寝よか」
「え??」
そういうや否や、ジヴは道を少し外れ、寝心地の良さそうな窪みを見つけると、突然横になりだした。
「え、なに?寝るって、本当に寝ちゃうの!?」
「そうや。あの苔の原越えるにはとにかく先に寝なあかんねん。まあ、正直お前は別に寝る必要ないんやけどな。でも俺はあんねん。せやから俺が寝てる間、別にどっか行っててもええけど、俺は一度寝たらなかなか起きへんから、他のトロルとかに食われそうになっても助けられへん。そこらへんは覚えておくように」
そう言うと、もうあくびをし始めました。
「え?どういうこと?ねぇ、おじさん?」
「ごちゃごちゃうるさいわ。あとで説明するから、今はつべこべ言わ、ず…ふぁ〜」
そう言うと、ジヴは完全に寝入ってしまった。
「もう〜!」
キーゴにはジヴの意図が全く分からなかった。しかし、ジヴから離れることも、怖くて出来なかった。
仕方がないのでキーゴもジヴの真似をして眠れるところを探すことにした。しかし、どうも横になるのに適した場所が見つからない。ジヴが寝やすい場所を取ってしまったからだ。
迷いあぐねた結果、キーゴはジヴのお腹の上で寝ることにした。少し獣臭いが、暖かく弾力があり、気持ちのいいベッドだった。
ジヴはジヴで大きないびきをかき、気持ち良さそうに眠っていた。起きる様子は全く見られなかった。
「おやすみ…おじさん」
キーゴは最初、いきなり眠れるか心配だったが、疲れもあったのか、すぐに寝入ってしまった。
12、ジヴの弱点
「おい、起きろや。いつまで人の腹の上で寝てんねん!」
キーゴが眠い目を擦って体を起こすと、おでことおでこがぶつかり合うくらいの近さに、ジヴの顔があった。
「うわぁ!」
「何が『うわぁ!』や!人を寝床代わりにしよってからに。ほら、さっさと下りんかい」
ジヴは犬の子を手で追い払うような仕草をし、キーゴを地面に降ろさせた。
「ふあ〜。おはよう。おじさん」
「おはようやない。もうすぐ夕方になるわ」
「え?もうそんな時間?結構寝ちゃったんだね〜」
「眠気は取れたか?」
「うーん、ちょっとまだ眠いなぁ。おじさんのお腹の上、とーっても気持ち良かったんだもの」
「さっさと眠気覚ましてシャキッとせい。もう行くぞ」
そう言いながら、すでにジヴは歩き始めていた。
「うーん、待ってよ〜。おじさんたら、寝ろって言ったり起きろって言ったり、自分勝手過ぎるよー」
「うるさいわ。苔の原っぱ着いたら、理由教えたるわ。せやからはよ来い」
キーゴは寝ぼけまなこでふらふらしながら、ジヴの後について行った。
「あとそれとな…」
と、急にジヴの足が止まった。キーゴはジヴの膝の裏に頭をぶつけてしまった。
「痛ーい。急になんなの〜?」
「お前な、寝てる時、俺の…触ったやろ?」
『…』の部分がはっきりと聞き取れず、キーゴは聞き返した。
「え?なーに?」
「だから、お前寝てる時、俺のへ、へそ触ったやろ!」
「おへそ?」
キーゴは意外なことを言われ、キョトンとしてしまった。
「俺な、絶対にヘソははダメやねん!触られるとこう〜…ウズウズっていうか、ムズムズっていうか、とにかく敏感やねん。こそばいっつーか、とにかくダメや。それでさっきも起きてしもうたんや」
「え、あ、そうだったの。ごめんね、おじさん」
「これはオカンでも知らん俺の秘密やからな。せやからお前、もう二度と俺の腹の上で寝るなよ!」
そう言ってまたジヴはずんずんと歩き出した。
13、ジヴの作戦
「さあ、着いたで」
「うわぁ、本当に苔ばっかりだぁ!」
道を歩き続けて一時間ほどたった。突如二人の目の前に現れたのは、辺り一面を覆い尽くす苔の海だった。
そこだけは全く木々が生えておらず、どこまで続いているのか、二人がいるところからは確認出来ないほどだった。
「ここを真っ直ぐ突っ切ると近道なんや」
「それは分かったけど。ねぇ、そろそろ教えてよ。なんでさっきお昼寝なんかしなくちゃいけなかったの?」
キーゴは待ち兼ねたように尋ねた。
平原は苔の生えている地面はややでこぼこしたところがあるものの、一見してそんな危険が待っているようには見えなかった。
「よし。眠気も覚めた!ちょうどいい感じやな」
ジヴはパンッと両手で頬を叩いた。
「おじさん、疲れてたの?説明が足りなすぎて全然分からないよ」
キーゴは少し不満気になって言った。
「よっしゃ、じゃあ説明したるわ」
そう言いながら、ジヴは何故が準備運動を始めた。
「普通の苔はな、繁殖する時に胞子っていう粉みたいな出すんやけど。ここの苔はそうやないねん。何か重いもんがのっかったり、誰かが踏むとこう、ボフッとな大量に出るようになっとんねん」
「ふんふん」
「で、まあ〜、この胞子がちょっと毒もっとってな、吸うとめっちゃ眠くなるわけや。しかも苔自体はめっちゃふかふかでめっちゃ気持ちええときとる」
「へー、寝てみたくなるね〜」
「だけどもや、ここで寝たらあかんねん。完全に寝てしまったが最後、一生起きられへん。その瞬間に胞子の芽が全身を取巻いてな、あっという間に苔の苗床にされちまうって寸法や」
「えー!怖い」
「やろ?だから、この苔の平原は苔以外何もないねん。動物もみんな避けてとおる。避けない奴らは苔にされてしまうからな」
「…そこを僕たちは通るんだね」
キーゴは少し恨めしげに言った。
「ええやん!お前は俺が腕に抱えて走ったる。その間、できるだけ息止めとったらええねん。お前は寝てもええけど、あんまり体にええもんやないからな」
「この平原を走り抜けるの!?」
見渡す限りの深い緑色を見渡し、キーゴは驚いて言った。
「ちんたら歩いとったらそれだけ眠くなるだけや。そんなら走り抜けた方がいいやろが」
「…」
不安そうに見つめるキーゴにジヴが続ける。
「まあ、そう心配せんでも大丈夫や。ガキの頃、度胸試しに何回かここ走ってみたことあんねん…まあ、その都度寝てしまって、オカンに見つかってどやされてんけどな」
後半の方は、声があまりにも小さかったので、キーゴには聞き取れなかった。
「ここでごちゃごちゃ言うとっても始まらん。とにかく前進あるのみや。ほら、こっち来い」
「う、うん」
まだ不安そうなキーゴだったが、ジヴに抱き抱えられ、胸の高さまで持ち上げられると、ころっと機嫌が直った。
「うっわ〜!たっかーい!」
「あんま動くなよ。しっかりつかまっとけや。苦しくなっても息は最低限や」
「うん!分かった」
キーゴはまっすぐ前を見つめながら大きく息を吸い込んだ。
「よっしゃ!いっくでー!」
準備運動を終え、助走を付けると、ジヴは全速力で走り出した。
14、ジヴ、起きて!
ジヴが苔の地面を踏みしめた途端、ものすごい量の胞子の粉がキーゴを飲みこもうとするかのように舞い上がってきた。粉のせいで目の前が黄色く霞むようだった。
作品名:人食いトロルと七色のバナナ 作家名:シーラカンス