人食いトロルと七色のバナナ
それに、キーゴの言う通り、本当に肉嫌いが治るかもしれない、という考えも頭に浮かんだ。
「………」
ジヴはしばらくの間考え込んだ。その間ジヴが座ったまま全く動こうとしないので、キーゴはそのままジヴが石になってしまうのではないかと思ったくらいだった。
「おじさん…?」
「…………よっし!…ついてったるわ」
それを聞いて、キーゴは満面の笑みを浮かべた。
「うん!!」
こうして、二人は七色のバナナを求めて一緒に旅をすることになった。
9、バナナの地図
そうと決まったら…と、ジヴはキーゴを連れてこっそりうちへ戻ることにした。
キーゴが、
「なんでうちに戻るの?戻れないから、旅をするんでしょ?」
と訊くと、
「あんな、物事には準備っちゅうもんがあんねん。この時間、オカンは必ず外出すんねん。忍び込むなら今の内や」
実はジヴは家に七色のバナナの在りかを示す地図があることを思い出したのだ。
それはその昔、まだジヴの父親が生きていた頃にハンターを狩った時の戦利品として持ち帰ったものだった。「今までにないほど屈強なハンターどもだった」と父親は自慢していた。
「そもそもなんもなくて、バナナに辿り着けるか?一生森の中ふらふらふらふらさまよい歩いて、最後にそこらへんの獣に食われるのがオチやないか。地図や、あの地図がないとあかん」
ジヴが話しながら進んでいくと、巨大な大木の切り株にドアが付いた、一軒の家が見えてきた。
ジヴが後ろを振り向くとキーゴがジヴに追いつけず、小走りでかけてくるところだった。
「おじさん!待ってよー!」
ジヴは少し離れたところから叫ぶキーゴの元に歩み寄ると、大きな手でキーゴの口を塞いだ。
「アホ!まだ中にオカンいたらどうすんねん!」
ジヴに口を抑えられ、キーゴのは手のひらの中で何やらもごもご言っていた。
それでもしばらくして状況が理解できたのか、ジヴの手を外し、そして今度は自らの小さな両手で口を塞ぎなおした。
「よし、それでええねん」
幸い母親のトロルは外に出ているようだった。ジヴは慎重に辺りを見回しながら、時折後ろを振り返り、キーゴを手招きした。まるで、泥棒の親分と子分のように、二人はジヴの家に忍び込んだ。
「わー、おじさんの家、きれい〜」
部屋の中は、丸太でできたのテーブルセット、暖炉、キッチン、食器類ととてもよく整理整頓されていて、何も知らなければ人食いトロルの家だとは思えないほどだった。
「オカンがわりかしきれい好きやからな。そんなことより、早く地図を見つけな」
何分、ジヴが小さい頃の話だったのでどこに父親が地図を保管したのか、記憶があいまいだった。
ジヴはキーゴと一緒に父親の部屋、母親の部屋、自分の部屋、キッチン、リビングとくまなく探したが、地図は見つからなかった。今まであった父の部屋にあった遺品の数々が、いつの間にかなくなっていたのだ。
「オカンのやつ、捨ててしもうたんかいな…」
「ねぇ…おじさん…」
「なんや、見つけたか!?」
「あの…ううん…じゃなくて…そのぉ…おしっこ」
キーゴは恥ずかしそうに言った。ジヴは少しガッカリして、呆れながら
「外出て突き当たりを右」
とつっけんどんに答えた。
「ありがとう!」
キーゴはお礼を言うと急ぎ足で部屋から出て行った。
「なんやねん、役立たずが」
ジヴがもう一度父親の部屋から探し始めようと思った、その時だった。
「おじさーん!おじさーん!」
外の方からキーゴの声がした。
「ああ、もううるさいなほんま。今度はなんやねん。クソが出ぇへんのか!?」
「違うよー!来て来てー!」
キーゴはなにやら興奮しているようだった。
「はぁ…」
ジヴは仕方なしに外に出てみると、キーゴがトイレの前に立って、手を振っていた。その手には何やら紙切れが握られている。
「これ、見て!」
見ればそれは地図の一部のようだった。
「トイレに何枚かあるよ!これ、地図じゃないかな!?」
よく見てみてれば、それは確かに昔見たバナナの地図だった。
「オカンのやつ、ちぎってちり紙にしてしまいよった」
それでも捨てられる前に見つけられたのは幸運だった。
ジヴは地図の紙を全てトイレから持ち出すと、リビングに戻り、四角いパズルのようになってしまった地図を一枚一枚組み合わせ、糊付けしていった。
キーゴがトイレから戻ると、テーブルには大きな地図が完成していた。
「おじさん」
「ああ、出来たで」
10、ジヴの決めたルート
その後、ジヴたちはキッチンにあったハブタイキャベツをお腹いっぱい食べた。(これは、ジヴの母親がキャベツに人間の肉を隠してジヴに食べさせる為に取ってきたものだった。しかし、結局ジヴはキャベツだけ食べて肉は残してしまった。)
そして、乾燥させたトカゲイチゴ、火打石、水筒、ナイフや傷薬等、旅に必要だと思われるものを全てリュックに詰めて持ち出すと、ジヴたちは家を後にした。
「僕、あんなにお腹いっぱいキャベツ食べたの初めてだよ!」
キーゴが嬉しそうに言った。
「そうか?まあ、オカンが帰ってこなくて何よりやったわ」
そう言ってジヴは旅の必需品が入ったリュックを背負うと、脇に抱えていた地図を改めて眺めた。
七色のバナナがある「一島の密林」は遠く、地図の最北東に描かれていた。
ジヴは地図をしばらくの間にらみ続けていたが、やがて一島の密林までの最短経路を指でなぞると、キーゴに示した。
「今俺らはここにおる。ここから一島の密林まで、こうや。一直線に行くで」
「でも、なんかこの行き方だと、地図に書いてある絵を見る限り、とっても危なそうなんだけど…」
ジヴが示したルートを見ながら、キーゴが恐る恐る言った。字が読めないキーゴだったが、地図に描かれたいくつものどくろのマークが危険を表しているということくらいは理解できた。
「せっかくなら手っ取り早い方がええやろ。それに、俺を誰だと思ってんねん。天下の人食いトロル様やぞ?俺より危険なものなんて、そうそうあるわけないやん」
実際ジヴには自信があった。この森にずっと暮らしていて、自分たち人食いトロルより強い動物を見たことがなかったのだ。
「でもぉ…」
それでもキーゴは渋っていた。
「わーった!そんならお前一人で行けや」
ジヴは意地悪そうに言って、一人で勝手に進み始めた。
「あ!待ってよー。僕も行く!」
慌ててキーゴは後を追いかけた。
この時、まだ二人はこれがどんなに危険な旅になるのか、想像もついていなかった。
11、眠り苔の平原
「しかしあれやな。いったん家を出てくて決めると、案外気分ええもんやな。うるさいオカンがおらんとせいせいしたわ。これからバナナ食って、俺は普通の人食いトロルになるんや。なかなかいい計画やでこれは」
ジヴは右腕を回しながら意気揚々としていた。
対してキーゴはまだ少し怖いようだった。
「ねぇ。おじさん。おじざんが考えた危険な道って、いったいどういうとこ通るの?」
「んー、どこやろ?…どれどれ。まずは…『眠り苔の平原』、と。あー、そうか、あそこか。またやっかいなとこやなぁ」
地図を見たジヴが顔をしかめながら言った。
「眠り苔の平原?」
作品名:人食いトロルと七色のバナナ 作家名:シーラカンス