からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話
「今ごろになってから、よく言うわ。
高校生の時、あたしをすっぽかして、映画館で一人ぽっちにさせたくせに。
もう一度、連絡がくると信じていたら、何のフォローもないうちに、
あたしたちは高校を卒業してしまった。
18歳の時を、いまさら取り返せるはずはないけれど、それでもあなたは、
あの時の罪滅ぼしを、いま、してくれると言うのかしら」
「あのくらいの失点なら、いくらでも取り戻せるとあの時は信じていた。
朝の電車に乗りさえすれば、いつもセーラー服の君がいた。
俺たちの交際は、いつでも好きな時に、再スタートできると信じていた。
君が卒業して、電車へ乗らなくなる日がくるなんて、
夢にも思っていなかった。
東京へ就職したと後から聞いたとき。
これで俺たちは終わりになると、どこかで覚悟を決めた。
それでも心のどこかで、君が帰ってくるとタカをくくっている自分がいた」
「あたしも最初は、ただの軽いつまづきと思っていた。
また連絡を取りあえばいいと思いながら、毎日を過ごしていたの。
あなたがまた話かけてくれれば、交際が再スタートする。
そんな風に、呑気に考えていた。
でも、いつのまにか執着心が消えて、あなたの必要性まで
失っているあたしがいた。
何故だかわかる、あなた?
好意は認識していたけど、あたしたちに決定的な言葉も、出来事も、
なにひとつ起こっていないのよ。
心の中に、甘酸っぱい想いだけが漂っていたの。
だから高校時代のホロ苦い思い出のひとつとして、いつのまにか
風化してきた。
あたしはそんな風にして、あなたのことを忘れたの・・・・
なのにさ。ひど過ぎるじゃないの。
呑龍マーケットで再会したあなたが、いまだに独り身のままでいたなんて。
ずるいわよ。ずるすぎます、」
「ずるい?」
「ずるいわよ。後戻りができない女に、そんなにも優しく接しないで頂戴。
あたしの胸が、切なくなってしまうもの」
軌道の段差を超えるたび、電車がかるく揺れていく。
カタンと軽く揺れるたび、2人の距離が少しづつ近づいていく。
赤城駅を通過した最終電車は、もうひとつのレールと併走をはじめていく。
並行して走るレールは、私鉄の東武桐生線。
首都の浅草を目指すレールは、しばらくのあいだ上毛電鉄のレールと並走する。
次の停車駅。桐生球場駅から東武線は、右へカーブを描いて上電の
レールから離れていく。
「次の桐生球場前駅は、つい最近誕生したばかりの最新駅だ。
2年ばかり、調理師の修行で桐生へ通ったことがある。
その時に何度か寄った郊外の呑み屋が、そこにある。
次で降りよう。まもなく桐生球場前駅だ」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話 作家名:落合順平