からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話
「康平・・・・右も左も真っ暗ですねぇ。
このあたりって、これほどまで、人家が少なかったかしらねぇ。
何にも見えないもの。怖いくらいの闇の底です」
「大胡を過ぎると大間々町までは、田んぼが続く。
11時を過ぎたから、明かりを消して眠っている家も多いだろう。
だがそれだけじゃない。住む人のいない空家が急速に増えてきた。
農家が高齢化し過ぎたためさ。
農家を廃業するたびに、1軒ずつ空家が増える。
農家を継ぐはずの長男ですら、学校が終わると仕事を求めて街へ出る。
せっかく新居を建てたのに、不便すぎるというだけで、田舎を去る人もいる。
ここから見えるのは、高齢化した農村の深夜の光景だ・・・・」
「そんなに高齢化がすすんでいるの。農業の分野って?」
「就農年齢の平均は、65歳といわれている。
民間の会社なら、60歳で定年退職して年金生活に入る。
だけど農家の65歳は、現役の中心だ。
中心的な役割を担ったまま、毎日仕事に精を出しているわけだ。
地域によって、大きな格差が存在する。
農業の先進地や、国が金を出している『国営農地開発事業』などでは、
若い働き手や後継者たちが沢山いる。
しかし山間の奥地や、耕作面積が少ないこのあたりでは、
就農の平均年齢はもっと高くなるだろう。
おそらく、中心の世代は、70歳を超えていると思う」
「70歳。そんなに高齢化しているの・・・・このあたりの農家は」
「それが日本の農業の、現実さ。
あと10年もすれば、跡取り息子たちが戻ってこないまま農村に空家増える。
耕作放棄地が、3倍から4倍になるだろうと言われている。
この深夜の光景は、まさにそんな未来を予言している光景さ・・・・
田舎がこんなふうに、急速に寂れてきたのは、たったの12年だよ。
君と乗っていた12年前の車窓からは、もっとたくさんの明かりが見えた。
農家も元気だったし、沿線に、もっとたくさんの若者たちが居た」
「そうよねぇ。そんな気がするなぁ、あたしも・・・・
康平。運転席へ行こう。なんだか急に明るさが恋しくなってきちゃった」
一面を覆い尽くす闇の深さと、電車内の静けさに焦れてきたのか、
座席から腰を上げた美和子が、運転席のある前方車両へ移動をはじめる。
ワンマン運転で、無人駅が多い上毛電鉄では乗り降りにちょっとしたルールがある。
無人駅では、先頭車両のドアしか開かない。
乗る人は、先頭車両の後側にあるドアから乗車する。
ドアの横に設置してある券売機から、整理券を受け取る。
降りる人は運転席のドアまで行き、運転手に運賃を支払ってから
無人の駅へ降りていく。
上電は、先頭車両の最前部まですすむことができる。
運転席は左半分を占有しているだけで、右半分は乗客のために解放されている。
最前部まで進み出れば、目線の下からレールを見ることが出来る。
小学生たちは最前部の窓ガラスに張り付いて、前方の景色を見るのが大好きだ。
電車のライトによって照らし出されたレールが、2人の目の前に
銀色に浮かび上がる。
前方に横たわる暗闇の中。どこまでもまっすぐ伸びていく二本のレールが、
二人の行く手にぽっかりと浮かびあがる。
「まもなく、君の停車駅だ。降りる準備をするようだね」
「ねぇ、康平。知っている?
あたしの実家まで、無人の駅から、あるいて15分以上もかかるのよ。
なにもない山道を15分間以上もあるくのよ。
たかが15分。でも、されど15分。
明かりが消えた寂しい時間帯に、かよわい女がひとりで歩くのよ。
ねぇぇ、ホントにわかってる? 康平ったら。」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話 作家名:落合順平