からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話
切符を購入した康平が、ようやく美和子の背中へ追いついてきた。
上電の始発駅『中央前橋駅』のホームは、広瀬川の川面に沿って伸びている。
桐生からの最終電車は、すでに反対側のホームへ到着している。
少ない乗客が、思い思いに改札へ急ぐ。
数分後に下りの最終が出発すると、長かった中央前橋駅の一日が終る。
最後のベルが鳴り始める。
肩を寄せ合っていた恋人たちの影が、少しだけ揺れる。
お互いの唇を探しあったあと、ほんのすこしだけ軽く触れ合う。
その後。二つの影が、名残惜しそうに徐々に離れていく。
無言のまま最終に乗り込む影と、ホームへ立ち続ける影の間に距離が生まれる。
(あら・・・・一緒に帰るわけではなかったのね。
最終列車がふたりを分けて、寂しい別れ時間がやって来る・・・・
なんだか昭和の古い演歌みたいな光景ですね。うふふ)
クスリと笑った美和子が、そっと康平の背後へ姿を隠す。
恋人たちの別れを、邪魔したくないと思ったからだ。
座席に座わらない康平は、今夜も赤城山が見える側のドアの前に立つ。
出発時の衝撃にそなえて、早くも身体を身構える。
上電(じょうでん)の愛称で親しまれる上毛電鉄は、県都の中央前橋駅から
織物で知られる桐生市の西桐生駅までの25.4kmをむすんでいる。
長い裾野を引く赤城山の山麓に沿って、東から西へ縦走していく単線だ。
途中に、23の駅がある。そのほとんどが無人の駅だ。
短いホームを持つ無人の駅が、畑の真ん中や、水田のど真ん中に、
ポツンと風の吹きっさらしの中に建っている。
定時に出発した下りの最終電車は、市街地の明かりの中を東へ向かう。
南側の窓に街の灯を見せながら、城東・三俣・片貝と、3度の停車を繰り返す。
電車の窓から街の灯が見えるのは、ここまでだ。
別離した恋人たちのように、未練を惜しみながら、前橋の市街地から遠ざかる。
レールは、暗闇だけが待っている田園地帯へ突入していく。
賑わいを見せる大胡(おおご)の駅と、さほど大きくない町並みを
過ぎてしまうと、人家が途絶えて、右も左も漆黒の闇に変っていく。
このあたりまで走って来ると、中央前橋駅から乗り込んだ数人の乗客たちも、
いつのまにか姿を消している。
美和子は、手持ち無沙汰のままポツンと座席に座っている。
赤城山が見える側に立っている康平も、無言のままだ。
むろん、山が見えるはずがない。
暗い闇がひろがる中、並行する県道で車のライトがキラリと光る。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話 作家名:落合順平