からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話
「ほら、もう、忘れてる。1度だけ、デートの約束をしたことを。
映画へ誘っておきながら、あなたはそれをすっぽかしてしまった。
やっぱり覚えていないのね、その顔は。
3年間、あたしはず~と待っていたのよ。あなたからの誘いを。
顔見知りになったけれど、全くと言っていいほど進展が無いんだもの。
卒業間際になってから、人を介して、やっとあなたが誘ってくれたのよ。
『はい、これ。いつもの男の子からの贈り物』と言って、
親友が渡してくれた。
それが、映画『卒業』のリバイバルロードショーの指定席の券」
「あ・・・・『卒業』のリバイバル上映か。確かにあったな、そんなことが」
「初めてやってきた、電車以外のデートのチャンスだったのよ。
精一杯おしゃれして、弾む心で出かけたのよ、あたしは。
でも。いつまで待ってもあなたは現れない。
上映時間は迫ってくるし、結局あたしは、あなたがやって来ない映画館で、
ひとりぽっちのまま、泣きながら観てしまいました。
映画にも泣かされたけど、あなたの冷たさにも泣かされました」
映画『卒業』は、1968年に作られたアメリカ映画。
大学を卒業して前途洋々のベンジャミン。
彼は祝賀パーティの席で誘惑をかけてきた中年女性のロビンソン夫人と、
逢瀬を重ねることになる。
しかし彼女の娘のエレインが現れた事で、その関係が微妙に崩れはじめる。
不承不承エレインと付き合うことになったベンジャミンだが、
やがて彼女の魅力に惹かれていく。
そんな若い2人の様子に、ロビンソン夫人が嫉妬を妬く。
ロビンソン夫人とベンジャミンの関係を、恋人のエレインの知るところになる。
恋人たちの前途へ、あやうい運命が少しずつ忍び寄る。
『卒業』は、ニューシネマの全盛時代につくられた作品の一つだ。
リアルな肌触りを持ちながら、独特の愛と性を映し出した青春映画だ。
生々しさは映画のストーリーだけではなく、キャラクター達にも及んでいる。
ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスの若い二人が好演を見せる。
有閑マダムのロビンソン夫人に扮したA・バンクロフトの存在感が強烈だ。
『サウンド・オブ・サイレンス』や、『ミセス・ロビンソン』など
サイモン&ガーファンクルが唄ったメロディも絶妙。
60年代の後半に青春を過ごした人々の、バイブル的な作品になっている。
『ベン!』と叫ぶラストシーンの彼女の姿に、感動と青春の輝きがある。
花嫁衣装のまま駆け込んだバスの車内で、少し残酷なシーンが二人を出迎える。
バスの乗客のほとんどが、老人たちだ。
「二人の将来が、必ずしもバラ色の未来ではない」という暗示が見えてくる。
座席のベンと花嫁衣装のエレインも、着席の直後は笑っていたが
その笑顔はすぐに消えていく・・・
焦点の合わない視線が宙にとどまる。表情が次第に深刻味を帯びていく。
それぞれの両親からの決別と言える2人の行為の結果は、
これからの人生に対する不安を象徴するような、そんな印象的なシーンで
映画は終わる。
映画を見たことがない者でも、「結婚式の最中に、花嫁を奪うシーン」は
知っているだろう。
数多くの作品で、パロディとして取り入れられているからだ。
康平も、後になったからこのシーンを、別のパロディ作品から知ることになる。
本来は、映画館で美和子と並んで最後まで見るはずだったのだが・・・・
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話 作家名:落合順平