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からっ風と、繭の郷の子守唄 第26話~30話

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 ここにはそうした基準を満たした、店舗ばかりが集まっている。
当然のこととして、市内で営業を終えた飲み屋の店主や、ホステス嬢たちが
常連客と連れだってここへやって来る。

 「いらっしゃいませ。あら、お久しぶりねぇ、康平くん!」


 「いらっしゃいませぇ~」、ママの甲高い歓迎の声が、店内に響き渡る。
開閉するたびに軽やかに鳴り響く、チロル風の鐘の音をママの声がかき消す。
ママの元気な声に惑わされて、数人の客があわてて入口を振り返る。
入って来た客が見ず知らずの人間と分かると、視線をそむけ、
また元通りの会話に戻る。

 「あらぁ、珍しいわ。美人のお連れ様がご一緒ですねぇ。
 でも、困りました。どうしましょう・・・・
 ちょうど混み合ってきたばかりで、カウンター席しか空いていません。
 お連れ様がご一緒では、男性客ばかりのカウンターでは、
 少々不具合がございますねぇ」

 ママの視線が一瞬にして、美和子の上から下まで吟味する。
カウンターに、数人分の空きがあるが、ボックス席には隙間がない。
ママの視線が、最奥のテーブルへ移る。
席へ座ったばかりの男2人の姿を見つけた瞬間、ママの目が希望にかがやく。

 「渡りに船ですねぇ、康平くん、今夜はついています。
 先方さんにも都合というものが有るでしょうから、
 相席は無理かもしれませんが、
 わたしが、混ぜてもらえるよう交渉してきます。
 男ばかりのカウンター席へ座るより、いくぶんかはマシでしょう」

 ママがお尻を振りながら、最奥の席へいそいそと走る。
奥の席には、見るからにいかつい男と、白髪交じりの男が座っている。
白髪交じりの男の背中に、何処か見覚えが有る。
(あ、・・・トシさんだ!)康平が気がつくのと、白髪交じりが振り返るのが
ほとんど同時の出来事だった。
笑顔を見せたトシさんが、康平にむかって「よおっ」と、片手をあげる。

 連れの屈強な男も、つられてこちらを振り返る。
振り返った鋭い眼光に見覚えが有る。泣く子も黙る、地元の極道者だ。

(あ、やばい。ツレは極道の岡本さんだ。俺、苦手なんだよな、あの人が)
康平が一瞬、躊躇を見せる。だがママは、まったく気にしない。
『おいで、おいで』と若い2人を手招きする。

 「よかったわねぇ、康平くん。師匠と岡本さんから快諾をいただきました。
 懐かしいでしょう。お久しぶりの再会だもの」


 繁華街の真ん中で蕎麦屋を営んでいるトシこと、『六連星(むつらぼし)』の
俊彦は、康平に和食を教えてくれた恩人だ。
工業高校を卒業した康平は、2年間、俊彦の店で調理の実習経験を積んだ。
調理師試験を受けるまでの間、なにかと面倒を見てくれた人物だ。
康平が呑竜マーケットへ店を出すときにも、物心両面で面倒を見てくれた。
康平にしてみれば、俊彦はかけがえのない師匠であり、恩人だ。