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からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話

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 カウンターで肩を寄せ合うようにして、常連客と貞園が日本酒を飲み始めた。
1曲目を終えた美和子は、酔っ払った客たちの『アンコール』の中に居る。
3本目の徳利を常連客の前に置いたゆかりママが、そんな美和子の様子を
横目に見ながら、貞園の疑問に丁寧に答える。


 「地酒は、その地域で収穫されたお米と水を使って造られるお酒です。
 江戸時代の中頃まで、伏見(京都)、灘(兵庫)、西条(広島)が
 日本酒の三大名醸地として名前を知られてきたの。
 それ以外の場所で造られた酒のことを、「地酒」と呼んで区別したの。
 本場の酒より、少し格の低いものとして扱われてきた歴史があるわ。
 それが昭和の終わりに起こった「地酒ブーム」のため、一躍注目を集めたの。
 1本数万円というプレミアがついたり、幻の銘酒といわれるような、
 ブランド商品も生まれたの。
 本場の酒に勝るとも劣らないということが、認知されるように
 なったからです。
 新潟の越の寒梅や、久保田の千寿や萬寿は、そうした典型です。
 「地酒」という言葉は、本来の「土地の酒」という意味で使われることが
 多くなってきたようです」


 「おっ、さすが、高等女学校を優等で卒業しただけのことがあるな。
 才女の模範解答だ。う~ん、実に的確な解説だ。
 やっぱり、中学中退のおいらとは、根本から違うものがある」



 「こらこら。大ちゃん(常連客の愛称)
 高等女学校という呼び方も、古すぎます。
 高等女学校も第二次世界大戦までの呼び方です。
 戦後は、女子高等学校と名称を変えました。
 GHQの民主化政策によって、男女共学化が強力に推進をされたにもかかわらず、
 群馬県と埼玉県は、頑固に男子や女子のみの募集を行ったそうです」


 「そうだよな。埼玉なんか東京に近いほうが、男子校や女子高が多かった。
 埼玉県も、保守風土が根強かったからな。
 ママが出たのは関東一円から生徒が集まるという、あの有名な
 小松原女子高校だろう?」


 「あら、あたしの母校を覚えていたの、大ちゃんは。
 有名だったけれど、進学校というより、堅実な就職路線の授業をしていたわ。
 どちらかといえば戦前からの、良妻賢母の校風を守る学校でした」


 「あたりまえだ。偏差値が50前後で、進学校になんて言えるかよ。
 その女子高校だが、共学化が一層進み始めた平成の時代になっても
 いまだに現役校として、女子高のままに生き残っているだから驚きだ。
 ママの母校も、ある意味で奇跡と呼べる存在になった。
 こうなると保守の域を超えて、頑固一徹の歴史的遺物だな」


 「悪かったわね。どうせわたしは、化石のような生き残り女です。
 大ちゃんも私も70年以上も世の中を見つめてきたけど、時代とともに
 常識や価値観がひっくり返るし、姿を変えちゃうから不思議よね・・・・
 年寄りはもう若いものに席を譲って、隠居を決めろということかしらねぇ」


 「おいおい、呑竜の生き字引が、妙に湿っぽくなってきちまったな。
 しんみりする前に機嫌を直して、みんなでまずは、誕生日の乾杯をしょうや」


 常連客の大ちゃんが、グラスをもって立ち上がる。
2曲目を歌い終わった美和子も、客のあいだを縫ってカウンターへ戻ってくる。


 「さて諸君。
 われらがマドンナも、ついに晴れて、古希の仲間入りを果たした。
 ゆかりママに惚れて、半世紀以上も『由多加』へ通い抜いたが、我らの恋は
 一生実らぬまま、どうやら墓場まで持ち越してしまいそうな気配だ。
 長年の同志諸君を代表してゆかりママの誕生日を、心からお祝いしたい。
 前橋のすべての飲み屋の中で、これほどまで平均年齢が高い飲み屋は、
 たぶん他にはないだろう。
 そんな中。台湾の美人と、歌姫の美和ちゃんがこうしてお祝いに駆けつけて
 くれたことに、心から感謝をしょう。
 俺たちの永遠のマドンナのために、改めて”誕生日おめでとう”の乾杯をしたいと思う。
 準備はいいかな・・・・長年にわたる、わが戦友たち」