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からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話

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 美和子の挨拶が終わる前から、キーボードの準備が出来たぞと声がかかる。
「あらぁ。準備がいいわねぇ、みなさん!」嬉しそうに笑う美和子に、
「当たり前だァ、ママの誕生日はみんなの口実だぁ。
ほんとうは美和ちゃんの歌をまっていたんだぜ」と、大きな声が飛んでくる。

 「夜の糸ぐるま」は、美和子が作詞家協会へ入るきっかけになった作品だ。
2年ほど前に書き上げられた作品で、盛り場に流れる有線放送が
きっかけとなり徐々に群馬県内で人気が高まってきた。


 ♪小指にからむ 絹糸は 二人を結んで切れた糸
  根よりの松さえ寄り添うものを ああ 切ない ここは前橋 恋の街



 ハスキーな美和子の歌声が、哀愁を帯びた旋律を丁寧に歌い上げる。
流しの演歌歌手として群馬県内を中心に、歌手活動を続けている美和子は、
どこへいっても、根強い人気がある。
昔はどこの盛り場にも、アコーデオンやギターを抱え飲み屋を
一軒一軒回りながら、客のリクエストに応えて歌を披露した「流し師」がいた。
それが有線放送の普及とともに、下火になった。
さらに全国的にカラオケが普及したために、盛り場の「流し師」は完全に
働くための職場を失った。

 盛り場を流して歩く歌手の存在は、全国的にも珍しい。
美和子のように曜日を変えて、県内を回っている歌手はもっと珍しい。
それを可能にしたのは、呑竜マーケットに集まる音楽愛好家たちの存在だ。
「水連」に集まる愛好家たちが、県内にネットワークをひろげた結果でもある。


 「地酒のような味わいがある。美和ちゃんの歌は、何度聞いても飽きが来ない。
 世の女性はすべからく、こんな風な味わいが欲しいものだな。」


 「いい女が歌うから、余計に『格別』に聞こえるんでしょ。このドスケべ!」


 ほほ杖を突いて、うっとりと聞き入っている常連の独り言にゆかりママが
「ふん!」と横槍を入れる。
「手厳しいなぁ・・・」と常連客が振り返る。
その眼が、酔っぱらった眼をしている貞園とばったりといき会う。
貞園に向って「もう一杯どうだ」と常連客が徳利を持ち上げる。


 「一時期、歌謡曲の世界で『ご当地ソング』が大流行りした。
 プロの歌手たちが、全国各地を題材にして、ご当地ソングを作って
 売りだした。
 たしかにいくつか名曲が生まれた。それで有名になった地方もある。
 だが所詮は、儲け主義から生まれた『はやり歌』だ。
 地酒は、その土地のコメと水を使って生み出されるものだ。
 水の性質が変われば、育つコメに違いが生まれる。味わいも変わる。
 地方特有の、それぞれの味がある。それが地酒の魅力なんだ。
 美和ちゃんの歌にはそれがある。だから、みんなから好かれるのさ」


 「美和ちゃんの歌には地酒の味わいが有るか、うまいことを言うわねぇ
 あんたも。
 尋常小学校を中退した割には・・・・」


 「おい。尋常小学校は、太平洋戦争が始まる昭和16年までの呼び方だ。
 戦時中の俺たちの時代は、国民学校と呼ばれていたんだ。
 終戦直後から、あらためて6・3制の小学校と新制中学校と呼ばれるように
 なったから、俺の場合、正しくは新制中学校の中退ということになる。
 おそれいったか、あっはっは」


 「同じ日本酒でも『地酒』というものは、また別の物なの?
 日本酒って、銘柄によって、それぞれ味わいや風味が全く異なるわねぇ。
 ワインのように、別々の個性を持っているから不思議です」