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からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話

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 「あら。ママだって若い頃は、ずいぶんともてたでしょう。
 今だって十分すぎるほど、輝いているもの」

 
 「ああ・・・随分と惚れて通ったもんだ。
 俺なんか、あれから50年近くも通いつめているというのに、
 いまだに冷や飯食いだ。
 俺もカミさんに、先立たれちまった。
 ママさんもマスターに逝かれて、ようやく俺にもチャンスが
 巡ってきたと思ったのに、気が付いたら、いつの間に、いい年をした
 ジジィとババァになっちまった・・・・
 なぁ。ゆかりちゃん」


 「え?ママの本名は、ゆかりというの? 
 じゃ、由多加というお店の名前は、何処から来たの?」


 「由多加は、愛するマスターの本名さ。
 そういうことだから、いくら惚れたって俺たちには、出番がなかった。
 常連のほとんどが、ママに惚れて通いつめてきた。
 でもなぁ。男気の強いマスターに、ずいぶん世話になった。
 典型的な遊び人の一人だったが、現代版の国定忠治というところだろう。
 もっとも、スケベに関しては、本家の忠次をはるかに
 超えていたかもしれねぇな。
 とにかく女好きで、女からも良く惚れられていた。」


 貞園の隣で熱燗を飲んでいる常連が、横から口を挟む。
今夜集まっているのは、いずれも古い常連さんたちばかりだ。
いちばん若い貞園は、カウンター席で、一人だけ際立って目立っている。
「飲むかい?」常連が貞園に向かって徳利を持ち上げる。


 「ママもねぇ・・・・若い頃は、君のように別嬪さんだった。
 前橋市のど真ん中に有りながら、掃き溜めのような呑竜マーケットへ、
 ある日突然に降りた鶴のようだった。
 そりゃもう、のんべぇ横丁が上へ下への大騒ぎだ。
 お、飲んでくれるか。
 ありがたい。付き合いがいいねぇ、お嬢ちゃん。
 気立てがいいうえに愛想がいいと来れば、女として最高だ。
 おまけにスタイルもいい。
 別嬪さんが居るとなれば、男どもがほうっておくはずがない。
 こんな狭い店だから、入れなくて、毎晩のんべぃどもの長蛇の列が出来た。
 今でも3本の指に入る、呑竜マーケットの伝説の美人だぜ。
 ここの、ママは」


 なみなみと貞園のグラスに日本酒を注いだ常連が、さらに言葉をつづける。
「だがなぁ。そういう恵まれた女性に限って、苦労を背負い込むものなんだ。
これがまた、可哀想なことに・・・」
と徳利を持ち上げ、ママに2本目を催促する。


 「あら。美人はみんな苦労するの?」と、貞園が目をみひらく。


 「そうじゃねぇ。気立てが良すぎるから、自ら苦労するという意味だ。
 よく聞け、姉ちゃん。
 群馬の女はみんな働き者だ。昔からよく稼ぐことで知られている。
 かかぁ天下という言葉は、男を支えてよく稼ぐことから生まれてきた言葉だ。
 生糸の生産が全盛だった頃、女は工場で糸を引いて生糸をつくりだした。
 一日中、機(はた)を織り、高額な絹を生産した。
 そんな群馬の風土と女の気質が、遊び人や飲んだくれの男どもを
 大量に生み出した。
 働き者のカミさんがいると、男はどこかで怠ける。
 虚者(うつけもの)になっちまう。
 そんなもんだ、なぁ・・・・ゆかりちゃんよう」


 「そうだねぇ、そんな昔もありましたねぇ」と、ゆかりママが
クスリと鼻で笑う。