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からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話

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 1学期が終わり、初めての夏休みがやってきた時、
最初の会話が二人のあいだへ訪れる。
部活動のため連日学校へ通っている康平の目の前へ、突然、
美和子があらわれた。
電車がいつものように、停車のためのブレーキをかけはじめる。
ゆるやかに速度を落としながら、無人駅のホームへ滑り込んでいく。
乗降客が居ないいつもの停車位置に、いつものように
ピタリと停止する。


(いつも通り、やっぱり、今日も乗降客はゼロ・・・・!)
そう思い込んでいたやさき、康平の目の前へ突如、一人の黒髪の少女が現れる。
(え・・・いつもの、あの子だ。でもどうしてこんな無人駅に、いるんだろう)
2人の間に有ったドアが消えると、そこにテニスウエア姿の
美和子が立っていた。

 キラキラと輝く大きな瞳と、白い額に揺れる前髪の持ち主が、
びっくりした顔のまま身体を固くして立ちすくんでいる。
いつまでたっても、電車に乗り込もうとしない。
「乗らないの、君」康平が声をかけた瞬間、発車のベルが2人の耳へ鳴り響く。
勢いよく差し出された康平の右手が、少女の白い腕をつかまえる。

 ガラス窓の向こうを、青い赤城山の山肌がゆっくりと流れ続けていく。
手を引かれて飛び乗って来た少女は恥ずかしいのか、そのまま康平に
背中を向けてしまう。
ふたりの無言は、次の駅まで続いていく。
長い沈黙に疲れてきたのか、少女がくるりと康平に顔を向ける。

 「ねぇあなた。毎朝、あたしのことを見つめていたでしょう?
 それからひとつだけ、聞きたいことがあるの。
 見慣れているはずの赤城山を、あなたは毎朝、一生けん命
 見つめていますねぇ。
 何か特別なものでも見えるの、あなたには」

 キラキラした瞳が、遠慮なしに真正面から康平を見つめてくる。
洗いたてだろうか。髪から立ち上る石鹸の香りが、
康平にとどめのパンチを放つ。
予期せぬ乙女の接近に、康平が思わず半歩、後ろへ下がる。

 「ち、近すぎないか。それに突然すぎるだろう、君・・・・
 遠くから見るのには慣れているけど、今日は、あまりにも近すぎる。
 悪いが、ちょっとだけ離れてくれ。
 甘い香りが立ち込めてきて、もう、俺の頭がクラクラする」

 「ふぅ~ん。・・・・ねぇ、あなたも夏休みの部活なの?」


 「サッカーをしている
 もっとも、いつも一回戦で敗退しちまう、折り紙つきの弱小チームだ。
 国立競技場での試合が、高校サッカーの最高峰で、聖地と呼ばれている。
 だけど俺たちの先輩はもう一つ下の聖地ですら、体験したことがない」


 「もうひとつ下の聖地?」


 「県大会の決勝戦が行われる会場のことだ。
 群馬県立敷島公園サッカー・ラグビー場が、2年後の俺たちの
 最終目標地だ」


 「あら、やけに自信たっぷりですねぇ。
 じゃ2年後に、サッカーの決勝戦の応援にいってあげてもいいわ。
 いつも遠くからあたしを見つめてくれているんだもの。
 そのかわり。間違いなく2年後に、決勝戦まで勝ち進んでよ」
 

 「決勝戦まで辿り着けなかったら、その時はどうなる」