からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話
「あら。弱気ですねぇ、あなたって。
体力は十二分みたいですが、精神力がイマイチかしら。
スポーツはメンタルが重要です。
実力が同じなら、精神のコントロールが上手な方がゲームを支配できます。
おかしいなぁ。私を見つめている時には、野獣のような迫力が有ったのに。
頼もしさを感じていたのに。
やっぱりあれは、わたしのただの想いすごしかしら・・・・うふっ」
「おいおい、突然、人の目の前にやってきたくせに、失礼な女だな。
それに、顔は可愛いのに、言う事にいちいち刺がある。
見損なったぞ。そんな高校生だとは思わなかった」
「あら。どんな風な女子高生に見えたの・・・・あなたには」
「男子にたいして、積極的に話かける女性には見えなかった。
正直。さっきから、君の迫力には押されっぱなしだ」
「馬鹿ねぇ。あたしだって恥ずかしさを堪えて、告白しているのよ。
こうでもしなければ、あたしたちは、永遠に会話がはじまらないような
気がしたの。
なんでそんな簡単なことを分かってくれないの。この唐変木!」
「うわ~、グサリと胸に突き刺さるなぁ、その言葉・・・・
俺のおふくろからにだって言われたことがないぜ、そんな前近代的な言葉」
・・・・・・
「ふふふ。あの時あなたは、グサリと胸に刺さったと言っていましたねぇ。
そうすると今度で、二度目ということになります。
あたしがあなたの胸を、傷つけてしまったのは・・・」
(美味しい・・・・)鱚を口に運びながら、美和子が目を細める。
それから2人の、通学列車の中の交際が始まる。
新学期が始まると、美和子はいつものように同級生たちと乗り込んでくる。
いつものように、斜め前方のドアの前に立つ。
康平は、反対側のドアに寄り添う。
時々、お互いの視線が車内を行きかう。
視線が自然に絡む合う時だけが2人だけが知る、無言の会話にかわる。
やがてそれがいつもの定番として、朝の挨拶になる。
「ねぇぇ。そういえば、あなたから、あの時の質問の答えを聞いていないわ。
赤城山を眺めていたあなたは、あの時、いったいなにが見えていたの?」
「蚕を育てるための、桑の葉の緑だ。
桑は、春先からたくさんの葉をつけはじめる。
枝ごと何度も切り取られても、それでも次の蚕の季節になると、
再びたくましく枝を伸ばす。
そしてまた蚕を育てるための、新しい葉を付けはじめる。
成長の速さと生命力の凄さに見とれていたんだ。
太陽に輝く緑の色も素晴らしい。それから、時々・・・・」
「時々? なにかそれ以外にも、見つめるものを見つけたの?」
「かすかにだけど、ドアのガラスに君が映る。
談笑している君の横顔が見える。
女の人の顔を見つめてドキドキとしたのは、正直、
あれがはじめてだった・・・」
「ふぅ~ん・・・・」
箸を止めた美和子が、帰りの支度をはじめた康平の背中を見つめる。
(16歳のあたしは、勇気があった。
あのまま突き進んでいれば、今頃は康平と仲良く暮らしていたかもしれない。
2度も康平の胸を突き刺したというのに、最後の一線が越えられなかった。
高校を卒業した日。あの日から、わたしたちは別の道を歩き始めた。
でもあれから12年が経ったいま。
わたしたちは、引き寄せられるようにして、偶然の再会を果たした。
いったい何が、有るんだろう、わたしたちの間に・・・・)
(26)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話 作家名:落合順平