からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話
「ちょうど完成したところだ。
暑さを感じ始める今が、鱚の旬で、これからはますます旨くなる。
天ぷらもおすすめだが、今の時期は、初夏の野菜との相性が抜群になる。
もうそろそろ帰ってくるだろうと思って、準備しておいた」
「へぇぇ。あたしと康平くらい、キスと夏野菜は相性がいいのかしら・・・・」
酔っ払った貞園が、美和子を差し置いて横やりを挟む。
「こいつには少し辛口の日本酒か、アルコール度数が12度くらいの、
少し軽めのワインが、よく似合う。
大丈夫か貞園。足元がふらついているぜ。珍しいなぁ、やっぱり飲みすぎたか」
(やっぱりね。、愛があると心使いにも差が出るのよねぇ・・・・
私にはさっぱりでも、美和ちゃんには執着が有るって、料理のここに
書いてあるもの。)
赤い目をした貞園が、ちらりと康平と美和子の横顔を盗み見る。
しかし次の瞬間、崩れるようにしてカンウンターの椅子へへたり込む。
「康平。あがりに、グラスビールをちょうだい。
ゆかりママさんのところで日本酒を飲み過ぎちゃっいました。
それを飲んだら、今日はもう帰ります。
美和ちゃん、今日はありがとう。とても楽しかったわ」
差し出されたグラスビールを貞園が、一口に飲み干してしまう。
何か言おうとしている康平を目で制してから、貞園が美和子に寄り添う。
(私が、自ら席を譲ることなんか、滅多にない奇跡です。
誕生会はとても楽しかったけど、ここから先は、私は邪魔者のようです。
悪口を言われる前に、ここらあたりで失礼します。
じゃあね、また。楽しく飲もうね。チャーミングな歌姫さん)
ポンと美和子の肩を叩いた貞園が、康平に4つに小さく折りたたんだ
一万円札を握らせる。
そのままガラス戸を開けると、あっという間に風のように消えていく。
「なんだ、今夜のあいつは・・・・」
「気を使っているのよ貞ちゃんは。あたしたちに」
「俺たちに、気を使っている、あいつが?」
「私にはよくわかります。貞ちゃんの気持ちが。
でもさ。だからといって、勘違いをしないでくださいね、康平くん。
いくら私たちが、高校時代からの初恋どうしと言っても、
あたしはもう人の妻。
ここへ歌を唄いにやって来て、あなたと再会したときは驚いたわ。
天地が裂けて、腰が抜けるくらいびっくりしました」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第21話~25話 作家名:落合順平