故郷に帰りたい
全身真っ白な人物は2、3歩前進すると、エコーを利かせたようによく響く声で、何やら古い言語を話し出した。T氏は震える声で
「あ、あぁ、アイ・アム・ジャパニーズ。あぁ、ノー・エネミー」
と、お世辞にもうまいとは言えない英語を話した。すると、真っ白な人物は
「おお…」
と言うと、頭部を覆っている包帯をおもむろにはずした。T氏は体の動きさえ止まってしまった。自分の目の前にいる人物はそのままでも十分恐ろしいのに、包帯の中の顔など想像するだけでそのままダウンしそうだ。
しかし、首から上を覆う包帯をはずした人物は意外にも健康的な褐色の男性で、割と彫りが深い。年齢は40歳ぐらいだろうか。T氏は勇気を振り絞ってその男性を見ると、さらに驚いた。包帯男は穏やかな表情を浮かべると、
「ようこそ」
と言って右手を差し出した。T氏もゆっくりと右手を出すと、確かな握手をした。
「日本語が、話せるんですね…」
「うむ」
「ああ…すごいです、すごいです」
T氏はとりあえず、包帯男の語学力をほめた。彼は、円卓のほうを手で示して言った。
「向こうに円卓がある。椅子に座りたまえ」
T氏は包帯男の言葉に甘え、席に着いた。包帯男も彼の隣の椅子に腰を下ろした。
円卓の上には、筆記体で「menu」と書かれた四角いプラスチックのカードのような紙が置かれていた。
「ここって、レストランか何かですか」
「ここはピザパーラーだ」
意外すぎる答えに、T氏は驚かずにいられなかった。
(こんな妙な趣味の店に、人が来るんだろうか)
心の中ではそう言いながら、メニューに一通り目を通した。
「好みのピザを選びたまえ」
20秒ほど考えたあと、ピッツア・ボロネーゼとグラスの白ワインを注文した。