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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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純愛

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さくら路



何年振りだろうかと私は考えたが、5年の様な気もするし10年の様な気もした。と言うのはこのさくらを見る事の記憶なのだ。今日は車を少し離れた駐車場に止めて、桜並木の道を歩いた。何かの会議でこの近くの市民会館に来た事があった。それは5年ほど前であると思う。そのとき車でこの道を走ったような気もするが、確か桜の時期ではなかったはずだ。
 私はこの近くで育った。桜の季節になると、父や母と友達と兄とも桜を見に来た。川幅が5メートルほどなのだが屋形船が浮かんでいた時期もあった。柔らかなぼんぼりの灯りに照らされ、芸者さんとお酒を飲んでいるお金持ちの様子が映画のように感じられた。私の育った街は機織りが盛んで、その経営者たちは羽振りが良かった。私は屋形船に乗るほどの金持ちにはなれないと思っていたから、その事は羨ましいとも考えなかった。夜桜と屋形船は子供心に絵になると感じた。だからかもしれないがいまだに忘れない。 
 薄暮でまだぼんぼりは灯っていない。その代わりに川のなかを泳ぐ錦鯉が見えた。赤と白の模様も見える。還暦を過ぎ、とてもこの道を歩いている事が嬉しく感じた。普段は思いだせない子供のころの記憶が、桜の美しさのなかから浮かんで来てくれた。
 少し坂道になると桜並木は途絶えてしまう。そして坂を登りきると、逆さ川が流れている。この川は田植えの時期になると、川下から川上に流れる事がある。調度この桜並木の道に水門がある。その水門を開けると水は逆さまに流れて水門から吐き出される。3メートルほどの段差があり、水はドウドウと音を立てる。川の名は袋川なのだが、子供たちはドウドウ川と言った。来た道を戻ると、女子高校の桜も見えた。娘の通った高校である。入学式の日に妻を送り、車のなかで式の終わりまで待っていた事が思い出された。その時桜は満開だった。
 時々すれ違う桜見物の方たちは、何を思い出しているのだろうかと考えてみたが、ただ桜の美しさに見とれているだけかもしれないとも思った。
 たぶん車で走ってしまえば、こんな事は考える暇もないだろう。私は歩いて良かったと感じた。今度は妻を誘って来てみよう。
作品名:純愛 作家名:吉葉ひろし