純愛
はなび
鼠色の夜空に大きな花火が上がった。菊の花の様に花火は夜空に絵を描いた。そして体が震えるほど大きな音を出した。火の粉が夜空から形をなくして落ちて来た。その花火の音に刺激されたかのように急に雨が降って来た。慌てた様に仕掛け花火が河川敷に文字を見せた。文字が消えかかる頃には連続して花火が打ち上げられた。
明は花火を観てはいられなかった。バックのなかのビニールのカッパを探していた。何しろ手元が暗く、小さなバックに食べ物やらタオルなど入れ過ぎたのだ。一つづつ出して確かめればよいのだが、そんなスペースは無かった。
約束した優佳は浴衣が気にくわないからと言って、家族と来ると言ったから、明は1人で花火見物となった。天気予報では雨が降る確率10パーセントであった。毎年見ている花火で有り、自分の家からも打ち上げ花火は見られるので、どうするか迷ったのだが、偶然に優佳に逢えるかもしれないと思う期待が明を花火見物の会場に向かわせた。
カッパは見つからない。雨は小ぶりであるがかなり濡れていた。でも暑さから身体が濡れた事はそれ程気にはならなかった。雨を気にしたのか花火は連続で上がっていた。花火の灯りで見物する人の顔が花火の色で映し出された。そのなかに明は優佳を見つけた。傾斜した土手の中段に座っていた。明からは10メートルくらいの所であった。明はそこに行こうと思ったが、人混みで、それに足元が暗く移動するのには自分の足元をよく見ていなくてはならなかった。 土手に生えた草が滑るから、明は座っている人に倒れそうになり体をぶつけた。『すみません』と謝ると無言で許してくれた。
この辺りかと花火が打ち上げられたときに見渡したが、優佳の姿は見えなかった。土手の上に優佳が立っているのが見えた。明は声をかけようかとしたが、さっきと同じように10メートルほどの距離があったから声は届かないだろうと諦めた。急いで優佳の所に行くことにした。やはり、足元を見ながら土手を登らなくてはならないから、優佳を見ながらとはいかない。土手を登りきろうとして、優佳のいた場所を見ると、優佳はそこにはいなかった。
明は花火の色に惑わされたのかと思い始めた。優佳と同じような高校生らしき少女がいた。さっきの所にもいたから、優佳に見えただけなのかもしれないと思い始めて、もう一度辺りを見ると、紛れも無く優佳と思う少女が目の前を歩いて通り過ぎた。やはり雨に濡れたのだろう、明には髪が濡れて重いのではないかと思えるほど、その少女は浴衣までもずぶ濡れに見えた。それは一瞬であった。優佳に見えた少女は明の視界から消えた。
大きな花火が上がり、地響きがする様な音が明の体を再び震わせた。火薬の臭いがしたかと思うと、風に吹かれて来たのだろうか、めったに落ちては来ない花火の殻が明の体にあたった。いつの間にか雨は止んだ。土手から離れると、焼きそばの臭いやイカの臭いがして来た。明は無性にトウモロコシが食べたくなった。
花火の音が止んだ時救急車のサイレンの音が聞こえた。明はトウモロコシを半分ほど食べていた。ふと優佳のくれたトウモロコシを思い出した。・・すきです・・トウモロコシの実が採られてそんな文字が見えた。
優佳が交通事故で意識不明になったと聞いたのは翌日の学校からの連絡網であった。明は花火大会のあった河川敷に行った。青空と入道雲。昨日の夜空とは全く違った景色であった。少し湿った土手に仰向けになった。目を瞑ると花火が見えた。目を瞑ると優佳が見えた。昨晩の5万人もの人はどこに消えたのだろうか、今は明と散歩をする何人かの人だけである。明は思う、優佳と昨日花火を観たかったと。