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からっ風と、繭の郷の子守唄 第16話~20話

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 「おっ。経験を重ねると人は成長すると言うが、なかなか君も
 分かってきたようだ。
 1愛人暮らしを10年も続けると、物分りの良い女に成長するんだな」


 「康平。叩くわよ、本気で。
 10年は私たちが知り合ってからの年数です。
 愛人暮らしはまだ、5年と3ヶ月。
 あなたと知り合い、赤城山へタンデムした日から、ちょうど今年で10年目。
 額へキスしてくれた、雪の赤城山頂のあの日から数えても、9年半。
 私は、大学へ編入したばかりでした。
 それからの4年間は、純情無垢な学生でいたのよ、わたしは。
 パパだって大学へ通っていた4年間は、私に、指一本触れませんでした」


 「ということは・・・
 君が大学へ通っていた4年のあいだは、いつでも恋人になれるチャンスが
 俺たちに有ったという事か」


 「その通りです。
 やは肌のあつき血潮にふれも見で、さびしからずや道を説く君。
 わかるなぁ晶子さんの、あの気持ちがわたしには・・・・」


 「博識だ、貞園は。
 それは与謝野晶子の、すぐれた代表作ひとつだ。
 その作品を収録したみだれ髪には、ほかにも
 その子二十(はたち)櫛(くし)に流るる黒髪の、おごりの春の美しきかな
 という、秀麗な短歌がある。
 与謝野晶子という人は、乱れ髪(明治34年刊行)以降、5万首をこえる
 作品を残した。
 情熱の歌人と呼ばれ、旅順口包囲軍の中に在る弟のことを詠んだ、
 君死にたもうことなかれは、有名だ。
 『源氏物語』を、現代語で訳したことでも良く知られている。
 1900年(明治33年)、浜寺公園の旅館で行なわれた歌会で与謝野鉄幹と会う。
 やがて2人は、不倫の関係に落ちる。
 鉄幹が創立した新詩社の機関誌『明星』へ、短歌を発表するようになる。
 翌年には家を出て、東京へ移り住む。
 女性の官能をおおらかに謳いあげた処女歌集、『みだれ髪』を刊行して、
 浪漫派の歌人としてのスタイルを確立する。
 のちに鉄幹と正式に結婚し、子供を12人も出産している。
 「歌はまことの心を歌うもの」という主張は、当時の人々を
 おおいに魅了した。
 だが、気のせいじゃないぞ。俺は君に、道を説いた覚えは一度も無い。
 額にキスしたおぼえは、あるけどな」


 「キスにも、いろいろ種類があります。
 キスする場所によって、それぞれにまた別の意味が存在するのよ。
 手の上なら、尊敬を意味するし、額なら友情のキス。
 頬の上なら厚意のキスだし、唇の上なら、恋人同士の愛情のキスになる。
 瞼の上なら憧憬のキスを意味しているし、掌の上なら懇願のキス。
 欲望のキスなら、腕の付け根あたりにするといい、という定説もあるわ。
 結婚式での「キス」は、「誓いの言葉を封印する」という意味があるのよ。
 お互いの唇と唇で、誓いの言葉を「封印」するの。
 間違っても、舌なんか入れちゃいけないんだよ、康平くん。うふふっ」


 「な・・・・何の話だ。と、突然に!」


 うろたえている康平を尻目に、貞園がクスリと小鼻を鳴らす。


(いいのよ、どうせもう・・・・
 どうせあれは、ただの私の勘違いだもの。
 あなたが、私の額へキスなんかするものだから、あの日から
 私の勘違いが始まった。
 あなたは覚えていないでしょうが、18歳の私には、鮮烈な
 出来事のひとつだったの。
 それが10年たっても、いまだに消えることなく、私の中で
 くすぶり続けているのよ。
 でもさ。本当はあのときのわたしは、あなたが好きでしたなんて、
 口が裂けても、言えるわけがないでしょう・・・・)


 「何か言ったか?」と、康平が顔をあげる。
「ううん、別に」と貞園がカウンターで、小さくなったグラスの氷を、
カラリと指先で小さく鳴らす。