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からっ風と、繭の郷の子守唄 第16話~20話

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 「ああ・・・有ったなぁ、そんなことが。
 寒い日だったなぁ。ポケットに両手を突っ込んで散歩したねぇ。
 ミズナラの林で、いくつもヤドリギを発見したことはよく覚えている。
 あの頃の君はまだ額へ、可愛い前髪を垂らしていた。
 それをかきあげて、お祝いだよと額にキスしたことなら確かに記憶にある。
 あのときの感触は、今でもしっかり鮮明に覚えている」


 「あの時、あなたが教えてくれた詩も、とても素敵だった。
 覚えている、あの時の詩を、今でも?」


 
 「藤村だろう。
 彼の処女出版、『若菜集』に収録されている作品のひとつで、
 初恋という詩だ。
 まだあげ初めし前髪の、林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の、花ある君と思ひけり。
 やさしく白き手をのべて、林檎をわれにあたへしは
 薄紅うすくれなゐの秋の実みに、人こひ初めしはじめなり。

 『まだあげそめし前髪』は、『髪をあげてまだ日がたたない少女の前髪』
 という意味になる。
 髪をあげるのは、現代のように髪をアップに結うという意味ではない。
 「初恋」が書かれた明治時代は、少女が12、3歳になると成熟を
 迎えたとみなされる。
 大人になった印に、それまでの振り分け髪(今で言うオカッパ)から、
 前髪を上げて、額を見せる髪型に変化する。
 肉体的にも子供ではない、もう成人の女性であるというアピールだ。
 『前にさしたる花櫛』の「花櫛」は、花のデザインをほどこした
 髪飾りのことだ。
 結い上げた匂うばかりの前髪にさした花飾りの櫛が、少年の目にはまるで
 花が咲いたように輝いて見えたことだろう。
 補足をすると『やさしく白き手をのべて』という部分が、実に色っぽい。、
 着物の袖からすべり出た、少女の白い腕にある新鮮な輝きが
 見事に表現をされている一節だ。
 『白い手』は、女性の肌の白さを表現しているだけではない。
 思春期を迎えた娘の、淡いエロチシズムが薫っている・・・・
 良い詩だと思う。あの頃の貞園のイメージに、
 ぴったりの詩だったと思う」


 「あなたの目から見て、当時の私は、チャーミングに見えていた
 ワケでしょう・・・・
 それならば、なぜ唇ではなく、最初で最後のキスが額だったのよ」


 「君がとても純粋に見えすぎたせいかな・・・・
 触れたら壊れそうな気配があった。それに俺たちは知り合ってから
 まだ日も浅い。
 日本の男性は、繊細で深淵なんだ。
 奥手の日本人は、西洋人のような愛情表現はできないんだよ」


 「無理やり壊してでも手に入れる訳にいかず、だからといって放っておくのも
 もったいなくて、ギリギリの選択肢が、額へのキスというわけか・・・・
 18歳の私が、子供すぎたということなのかしら。
 それとも康平が、格好をつけすぎたせいかしら・・・・
 でも、結局のところ、あの日のキスには、何故か消化不良が残っているわ。
 こんなことならあの時、私の方から康平の唇へ、キスしておけば良かった。
 ふふふ。今となっては、完璧にあとの祭りですねぇ・・・・」