雨闇の声 探偵奇談1
少し頼りないところも、だけど絶対に意思を曲げないと強いまなざしも、ずっと前から知っている。絶対そうだ。それなのに思い出せない。
「いつか思い出せるのかな」
「時が来ればあるいはな」
「…そうだね」
それはいつになるのだろう。
そんな日はこないかもしれなくて、この感傷はすべて瑞の脳の勘違いかもしれない。
それでも。
「行ってきます」
「気を付けてな」
梅雨が明けたら夏が来る。空は明るい。自転車を壮快に飛ばしながら、瑞は学校を目指す。
新しい学校。新しい生活。新しい友だち。新しい出会い。
長い人生で一瞬しかない高校生活が、少しずつ彩られていく。
喜びや楽しさだけでなく、切なさや悲しみといった感情とともに。
弓道場前の駐輪場で、瑞はあのひとの背中を見つける。
「神末先輩」
今はまだ、思い出せなくても。
「おはようございます」
そばにいると感じる、このせつないような温かさだけで、いい。
今はまだ、それだけで。
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作品名:雨闇の声 探偵奇談1 作家名:ひなた眞白