雨闇の声 探偵奇談1
みちびくは
幼いころ、瑞は暗闇が怖かった。夜眠るときは電気をつけて眠らないと無理だった。
だって見えるのだ。
暗闇をうごめく土くれのようなものや。
見下ろしてくる目玉が。
大木の下にひっそりとたたずむ顔のない女まで。
人間はそれらを幽霊とか妖怪とか名づけた。しかし瑞にとってそれらは総じて怖いもの、夜のものだった。ひとくくりにして、ひたすら見ないようにして生きようと思った。まだ小学生にあがる前の頃だ。
夏祭りの帰り道。幼い瑞に祖母は言った。
田んぼ道に明かりはなく、瑞は後ろからヒタヒタと近づく足音におびえ、祖母の足にしがみついていた。
瑞。怖がらなくてもいいの。
人間は明るい光のもとを生きられるけれど、暗い影としてしか存在できないものがあるのよ。
祖母の声は優しかった。
だから夜の中を歩くときは、そんな存在とすれ違うこともあることを覚えておきなさい。
光を持たない哀れなもの。それを勝手に恐れて、傷つける権利は誰にもない。
ただそこでひっそりと存在しているだけ。必要以上に怖がることなんてないのよ。
その言葉の意味を深くは理解できなかった。しかし祖母の言うように、それらが瑞を脅かしたり襲ってきたことは一度もなかった。
おまえには見えてしまうのね。だけど向こうの領域を、存在を、脅かすようなことをしなければ大丈夫。
祖母はそんな言葉で、瑞の恐怖を和らげてくれた。そして成長するにつれて、瑞は祖母の言葉を少しずつ理解していった。
作品名:雨闇の声 探偵奇談1 作家名:ひなた眞白