雨闇の声 探偵奇談1
はじまり
天井が見える。白い天井。意識が徐々に覚醒する。
ここはどこで、自分は誰だっけ。
それを思い出すのに数秒の時間を要した。夢の余韻のせいだろうか。夢を見ていた自覚はあるが、どんな夢だったのか思い出せない。いつもそうだ。
「……曇っているのか」
薄暗い自室。カーテンの向こうの静寂。
途端に、猛烈な孤独に襲われる。世界中に、いま自分だけしかいないような言葉にできない孤独。それは時間とともに少しずつ消えていき、ベッドに起き上がって数秒で、彼は完全に覚醒した。
このわけのわからない孤独は、時折彼の心を静かに揺さぶってくる。決まって目覚めの直後だった。寝ぼけているだけなのだろうけど、胸がしめつけられる一瞬には慣れない。自分は孤独な身ではない。家族も息災で、友人にも恵まれている。孤独というものを味わったことはないはずだ。それなのに、どうしてそのように感じるのかわからない。
(転校初日だから、緊張してんのかな。柄にもない)
彼は寝癖だらけの髪に手を入れる。みっともない、と母に渋い顔をされるミルクティー色に染めた髪。癖毛がゆるいパーマのようにうねっているのが、彼は気に入っている。
「おはよう、じいちゃん」
「お、早いな」
身支度を整えてから居間に顔を出す。祖父が新聞を読んでいた。
「まじめで感心なことだ」
「転校初日から遅刻したらカーチャンにぶっ飛ばされるから」
ちゃぶ台には、ほかほかと湯気をたてるみそ汁と白米が用意されていた。
「あまり気を張るな」
「や、じいちゃんに迷惑かけたり、だらけた生活した時点で即実家に戻るって約束だからさ。気を抜けないよ」
「怖いなあ、おまえのカーチャンは」
「アナタの娘デショ」
作品名:雨闇の声 探偵奇談1 作家名:ひなた眞白