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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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(第二章)ホーセズネックの導き(4)-第1部長の提案



 しばらくして、第1部長は、美紗と先任の松永3等陸佐を部長室に招き入れた。大きな執務机の前にあるソファをすすめられた美紗は、松永に促されて、奥の側にちょこんと座った。高級幹部の個室に入るのも、1佐の階級を付けた人間と差し向かいで話すのも、初めてだ。元からの童顔が露骨に不安そうな表情を浮かべ、いよいよ頼りなさそうになった。
「自己紹介がまだだったね。統合情報局第1部長の日垣貴仁です」
 日垣は、耳に心地よい低い声で名乗ると、美紗の真向いに座った。斜めに流した前髪が、端正な顔立ちに優しげな印象を与えている。美紗は、厳めしい役職名から想像するイメージとはあまりにかけ離れた雰囲気の相手にしばし戸惑い、それから慌てて挨拶を返した。
「鈴置美紗と申します。あの……いつも、お騒がせしてます」
 緊張しすぎて「お世話になっております」と言うべきところを間違えた。隣に座っていた松永がイガグリ頭を掻いて苦笑いしたが、日垣は気に留めず本題に入った。
「これはあくまで『打診』と受け取ってくれていいのだけど、うちでやってみようという気はないかな」
 美紗は驚いて、物静かな顔立ちの第1部長を見つめた。
「本当は、地域担当部で専門性をじっくり高めるほうがいいんだろうが、鈴置さんは……英語以外の語学は経験なしだったね」
 日垣は、美紗の人事情報が書かれているらしい紙を見ながら話した。
「技術関係のところは経験の浅い事務官にはとっつきにくいし、地域担当部所属の英語専門職は、英語圏に在住経験のある者が優先的に配置されているから、ちょっと厳しいな。鈴置さんは、留学も特にしていないようだね」
「行きたかったんですが……」
 美紗は、沈んだ声で、学生時代に叶わなかった夢を話した。大学に入学後、すぐに一年間の海外留学を希望して勉強を始めたが、二年時になって父親が失職した。退学の憂き目には合わずにすんだが、それ以後は、卒業までの学費と生活費を奨学金とアルバイトで捻出しなければならなくなり、留学どころではなくなってしまった。
 自分の落ち度ではない要因でチャンスを逸したことが、後々のキャリアに不利に影響していく。景気の安定しない世の中で、美紗のような不運な若者は珍しい存在ではなかった。

「情報局にいれば、研修の枠組みで海外留学か海外勤務のチャンスもある。キャリアパスの一環として、成績優秀な職員を、海外の軍事関係の教育機関や我が国の在外公館に派遣する制度があるんだ。君が希望する留学とはちょっと違うかもしれないが……興味はある?」