秋の月
ケイの肌は少し濡れていたから、私の手には風呂上がりの、赤子を抱きあげたときの感触を感じた。
私はケイから離れた。
「私も風呂に行ってくる」
ケイは浴衣を畳から拾い上げた。私はこの場から少しでも早く風呂に行かなくてはと思い、浴衣とタオルを抱えて部屋を出た。浴場から静かな湖が見えた。首まで湯につかると、興奮した体が鎮まった感じがした。が、ケイが私に裸で抱きついたことは、いくつにも想像できて、風呂からあがることが出来なかった。部屋に戻り、ケイにかける言葉を探した。
部屋の鍵を開けると襖は開いていたから、夕食が配膳されていたのが分かった。ケイは袢纏を着て、膳の前に座っていた。
「お酒飲むでしょう」
「今晩は止めておく」
「少しなら」
「お茶でいい」
「私ビール飲みたい」
「君は飲んでもいいんじゃない」
ケイは冷蔵庫からビールを出した。
私は栓を抜き、ケイのグラスにビールを注いだ。白い気泡が私の体に残る欲望の様にグラスを満たした。それをケイは口元に運ぶと、一気に飲み干した。
「美味しい。1人で飲んで悪いみたい。おじさまどうして飲まないの」
安心しきっているのか、それとも私を誘っているのか。私はお茶を飲んだ。ケイはグラスを差し出した。
「おじさまが注いでくれると美味しい」
私は自分の欲望がケイに飲み込まれていくような気もちになった。
「先にいただくよ」
私はおひつから飯を茶碗に入れた。鍋の火は消えかかっていた、キノコの香りが部屋に漂っていた。ケイの洗い髪の匂いは消えた。ヒメマスの刺身を箸で挟み口に入れた。唇に触れたときその冷たさの感触がケイの唇そのものの様に思えた。私は刺身を飲みこんだ。
私の中でケイは娘の様で娼婦にも見えた。ケイの話したことがどこまでが本当で嘘なのか。私の前には1人の女がいる。
十和田湖から捕えられたひめ鱒が私に食べられたように、ケイもいつかは男によって処女を失うはずだ。ケイは私でいいのだろうか、その話も嘘なのか。
ケイの体に触れて行けばそれは私には分かる答えであったが、躊躇した。
ケイは立ち上がり、ビールを掴んできた。顔は大分赤い。
「止めた方がいい」
私の言葉を無視し栓を開けた。グラスに注いだが溢れた。
「おじさまつまらない」
ケイは言いながらグラスを口に運んだが、ビールは口からこぼれた。
私は手を伸ばしグラスとビール瓶を引き寄せた。
ケイは取り戻そうと私のそばに寄って来た。グラスに手を伸ばしたが、飲みかけのビールを零した。
フキンは私からは取れないところにあった、私が立ち上がるまでに零れたビールはケイの浴衣に落ちていた。私はタオルをケイに渡した。
ケイは浴衣をタオルで拭いた。その直後、ケイは立ち上がり、急ぎ足でトイレに入ると、苦しそうに戻し始めた。私はケイのそばに行き背中を摩った。
「大丈夫です。ありがとうございます」
ケイの言葉は臭い、悪臭を放った。
私はグラスに水を入れケイに渡した。ガラガラと音が聞こえた。歯を磨いた時の音でもあるが、私には別の音に聞こえた。私はケイは酒を飲んだこともなかったのではないかと思った。肌蹴たケイの胸元までが赤く見えたからである。
私は電話で床の用意を頼んだ。