秋の月
南ケイを知ったのは私宛のメールからであった。私が登録していたサイトは主に日記などや写真を投稿するところであった。私は身の回りのことなどを日記に書いていた。1か月前にレクサスの逆輸入車のスポーツカーを購入した喜びを書いた。
ケイのメールはその車に乗りたいと一言あった。私は無視することにした。それでいて、ケイのことが気に掛った。ケイのプロフを覗いた。21歳。学生と記されていた。これを信用する訳ではなかったが、若さが私の気持ちを変えた。
私は63歳妻帯者ですよ。
おじさまなら安心できてお金持ちなんでしょう。
ドライブでしたらいいですよ。
ケイは東京に住んでいた。私も江戸川なのでケイの浅草のアパートまでは近い距離であった。約束の日にスカイツリーの近くで待ち合わせた。携帯にケイの写真が送られてきたので、私はケイを車から探した。すると、ケイと分かる女性が走り寄って来た。
「白い車、すぐに分かった」
私は初めて会う感じはしなかった。娘の様な気持であった。軽率なおねだり学生を想像していた私はやましい気持ちがあったことを恥じた。
10月中旬、奥入瀬の紅葉はきれいだからとケイは車に乗ると言った。
「青森か、500キロ以上あるだろう。日帰りでは無理な距離だと思う」
「いいでしょう。明日の朝までに帰ればいいの」
私は時計を見た。9時30分。100キロで走って、休憩を入れると、青森のインターを降りるのは4時近い。奥入瀬に着くころは薄暗い時間になる。
「奥入瀬の景色はよく見えない時間になるよ」
「いいわ。暗くてもいいわ」
私は妻に電話を入れた。
「帰りは明日になるが心配しなくていいから」
私は妻と2人暮しであった。2人の子供はは男であり、長男は結婚し、二男は渡米中である。
今日は土曜日で帰りが明日になっても、私の会社に支障をきたすことはなかった。
高速に乗ったが宇都宮の手前から渋滞が始まった。日光方面の車であった。
「日光の紅葉もきれいだよ」
「遅くなっても、奥入瀬が観たいです」
私はケイの希望をかなえてあげようと思った。
「おじさまノロノロだからルーフたたんで大丈夫でしょう」
私はボタンを押した。ゆっくりとトランクに収納されると、天井は青い空に変わった。
「気分爽快」
排気ガスの臭いが鼻をつくが、開放感の方が気分爽快であった。
「本当は私自殺したいの」
「なに」
開放されたためケイの声は空に逃げて行った。
「何でもないです」
ケイは誰でもよかった。助けを求めたかった。『死にたい』と言えば母も父も教師もケイの希望を叶えてくれた。医学部進学から文学部に死の言葉と引き換えに納得させた。
ケイは本を読みあさるうちに自分を見失っていくのが分かった。援助交際をする学生が許せなかったときもあった。それが、社会が悪いから、そんな気持ちになり、生きるためなら、売春だって死ぬよりましだとも考えるようになった。
ケイは生活に困ることはなかった。だから、アルバイトもしないで、勉強に専念すればよかった。そのことがケイを憂鬱にした。同じ世代の生き方のそれぞれ。生まれた運命の残酷さ。本を読み学んでいけばいくほど、何かをしたい自分と何もできない自分が対立していた。
何も出来ない自分なんて存在価値もない。自分の幸せだけを考えるなんて最低。それは病的にまでケイを苦しめる。恋愛さえも家庭を築く前提と捉え、自分たちの巣を守る動物的な人間を否定し始めた。
ケイは処女のままであった。大学3回生にしては珍しいかもしれない。
「おじさま、私の体欲しい」
ケイは誰でもよかった。通り魔的殺人で犯人が度々口にした言葉であるが、恋愛を否定したケイにとっては処女喪失は誰でもよかった。
車は福島に差し掛かり、ルーフは元に戻されていたから、ケイの言葉は私によく聞こえた。
「君がそんなこと言うのかと、耳を疑ったよ。男だからね」
「信じないでしょう。まだ処女よ」
「信じないね。処女の娘はこんな初めてあったおじさんに、こんな誘いはしないから」
「さっきね、死にたいって言ったの聞こえなかったみたい」
「死にたいって言ったの、君が」
「本気よ」
「それも信じられない。死ぬ原因が無いだろう。元気そうだし、美人だし」
「セックスで変わるって言うから」
「そう、変わる」
「今までの事捨てて、生きたいって思えるかな」
「君の好きな男となら、生きたいって気持ちになるよ。きっと。おじさんじゃ無理。ただ君の心じゃないが、身体は悦ばせることは出来るよ」
「体が悦ぶ」
「大人にならないとね、生きる悦びは、沢山あると思うよ」
殺人者は自分の命を永らえるために相手を殺す。金を奪う行為も、怒りからの行為も、自分が生きるため。ケイは生きるとは自分を守るためなのかと原点に返った。
快適に車はは走っていた。
「おじさまスピード上げて」
「100キロ出てるから・・」
「抜かれるなんて悔しいから」
私は違反を気にしながらも、奥入瀬の到着時間も気になっていた。
追い越し車線に進路を変え、アクセルを踏むとレスポンスは良く、すぐに130キロにメーターは上がった。前を走る車は私の車に気付き車線を変えてくれた。優越感を感じると、私はアクセルを踏み込んだ。
150キロであった。かすかにハンドルの振動が強くなり、車体に風圧を感じた。
「おじさま素敵よ」
「もういいだろう」
私は徐々にアクセルを戻し、中央車線に戻った。
「怖いって感じたの。私まだ生きたいのかな」
私は150キロのスピードの時タイヤがバースしていたら、ケイと2人で死んでいたかもしれないと思った。
ケイは追い越し車線のどこかで私がハンドル操作を誤ることを願っていたのだろうかとも考えた。
目的地の奥入瀬に着いたのは夕暮れであった。人影もなかった。車のライトで紅葉が見えた。走馬灯の様な景色であった。
「歩きたい」
私は道幅の広い場所に車を寄せた。ハザードランプを点けた。
「手を繋いでくれる。おじさま」
私はケイの手を握った。
「おじさまの手暖かい」
「ハンドル握っていたから」
ケイは奥入瀬の水に手を入れた。
「おじさま。ごめんなさい。生きてみたいから、身体は大切にしたくなったの」
ケイは濡れた手のままで私の手を握った。ケイの手から涙を感じた。
「東京に帰る」
「おじさま疲れていらっしゃるでしょう。泊まりましょう」
十和田湖畔に宿を取った。部屋は満室のところ無理を言ったので、ケイと一緒になった。
湯上りのケイが窓際に立ち
「乙女の像」
と言いながら、浴衣を脱いだ。部屋の照明は消されていたので、窓からの灯りがケイの姿を私に見せてくれた。ケイはそのまま私の、着替えの済まない体に飛び込んで来た。
私はケイの身体を抱きながら秋の月を観た。
ケイのメールはその車に乗りたいと一言あった。私は無視することにした。それでいて、ケイのことが気に掛った。ケイのプロフを覗いた。21歳。学生と記されていた。これを信用する訳ではなかったが、若さが私の気持ちを変えた。
私は63歳妻帯者ですよ。
おじさまなら安心できてお金持ちなんでしょう。
ドライブでしたらいいですよ。
ケイは東京に住んでいた。私も江戸川なのでケイの浅草のアパートまでは近い距離であった。約束の日にスカイツリーの近くで待ち合わせた。携帯にケイの写真が送られてきたので、私はケイを車から探した。すると、ケイと分かる女性が走り寄って来た。
「白い車、すぐに分かった」
私は初めて会う感じはしなかった。娘の様な気持であった。軽率なおねだり学生を想像していた私はやましい気持ちがあったことを恥じた。
10月中旬、奥入瀬の紅葉はきれいだからとケイは車に乗ると言った。
「青森か、500キロ以上あるだろう。日帰りでは無理な距離だと思う」
「いいでしょう。明日の朝までに帰ればいいの」
私は時計を見た。9時30分。100キロで走って、休憩を入れると、青森のインターを降りるのは4時近い。奥入瀬に着くころは薄暗い時間になる。
「奥入瀬の景色はよく見えない時間になるよ」
「いいわ。暗くてもいいわ」
私は妻に電話を入れた。
「帰りは明日になるが心配しなくていいから」
私は妻と2人暮しであった。2人の子供はは男であり、長男は結婚し、二男は渡米中である。
今日は土曜日で帰りが明日になっても、私の会社に支障をきたすことはなかった。
高速に乗ったが宇都宮の手前から渋滞が始まった。日光方面の車であった。
「日光の紅葉もきれいだよ」
「遅くなっても、奥入瀬が観たいです」
私はケイの希望をかなえてあげようと思った。
「おじさまノロノロだからルーフたたんで大丈夫でしょう」
私はボタンを押した。ゆっくりとトランクに収納されると、天井は青い空に変わった。
「気分爽快」
排気ガスの臭いが鼻をつくが、開放感の方が気分爽快であった。
「本当は私自殺したいの」
「なに」
開放されたためケイの声は空に逃げて行った。
「何でもないです」
ケイは誰でもよかった。助けを求めたかった。『死にたい』と言えば母も父も教師もケイの希望を叶えてくれた。医学部進学から文学部に死の言葉と引き換えに納得させた。
ケイは本を読みあさるうちに自分を見失っていくのが分かった。援助交際をする学生が許せなかったときもあった。それが、社会が悪いから、そんな気持ちになり、生きるためなら、売春だって死ぬよりましだとも考えるようになった。
ケイは生活に困ることはなかった。だから、アルバイトもしないで、勉強に専念すればよかった。そのことがケイを憂鬱にした。同じ世代の生き方のそれぞれ。生まれた運命の残酷さ。本を読み学んでいけばいくほど、何かをしたい自分と何もできない自分が対立していた。
何も出来ない自分なんて存在価値もない。自分の幸せだけを考えるなんて最低。それは病的にまでケイを苦しめる。恋愛さえも家庭を築く前提と捉え、自分たちの巣を守る動物的な人間を否定し始めた。
ケイは処女のままであった。大学3回生にしては珍しいかもしれない。
「おじさま、私の体欲しい」
ケイは誰でもよかった。通り魔的殺人で犯人が度々口にした言葉であるが、恋愛を否定したケイにとっては処女喪失は誰でもよかった。
車は福島に差し掛かり、ルーフは元に戻されていたから、ケイの言葉は私によく聞こえた。
「君がそんなこと言うのかと、耳を疑ったよ。男だからね」
「信じないでしょう。まだ処女よ」
「信じないね。処女の娘はこんな初めてあったおじさんに、こんな誘いはしないから」
「さっきね、死にたいって言ったの聞こえなかったみたい」
「死にたいって言ったの、君が」
「本気よ」
「それも信じられない。死ぬ原因が無いだろう。元気そうだし、美人だし」
「セックスで変わるって言うから」
「そう、変わる」
「今までの事捨てて、生きたいって思えるかな」
「君の好きな男となら、生きたいって気持ちになるよ。きっと。おじさんじゃ無理。ただ君の心じゃないが、身体は悦ばせることは出来るよ」
「体が悦ぶ」
「大人にならないとね、生きる悦びは、沢山あると思うよ」
殺人者は自分の命を永らえるために相手を殺す。金を奪う行為も、怒りからの行為も、自分が生きるため。ケイは生きるとは自分を守るためなのかと原点に返った。
快適に車はは走っていた。
「おじさまスピード上げて」
「100キロ出てるから・・」
「抜かれるなんて悔しいから」
私は違反を気にしながらも、奥入瀬の到着時間も気になっていた。
追い越し車線に進路を変え、アクセルを踏むとレスポンスは良く、すぐに130キロにメーターは上がった。前を走る車は私の車に気付き車線を変えてくれた。優越感を感じると、私はアクセルを踏み込んだ。
150キロであった。かすかにハンドルの振動が強くなり、車体に風圧を感じた。
「おじさま素敵よ」
「もういいだろう」
私は徐々にアクセルを戻し、中央車線に戻った。
「怖いって感じたの。私まだ生きたいのかな」
私は150キロのスピードの時タイヤがバースしていたら、ケイと2人で死んでいたかもしれないと思った。
ケイは追い越し車線のどこかで私がハンドル操作を誤ることを願っていたのだろうかとも考えた。
目的地の奥入瀬に着いたのは夕暮れであった。人影もなかった。車のライトで紅葉が見えた。走馬灯の様な景色であった。
「歩きたい」
私は道幅の広い場所に車を寄せた。ハザードランプを点けた。
「手を繋いでくれる。おじさま」
私はケイの手を握った。
「おじさまの手暖かい」
「ハンドル握っていたから」
ケイは奥入瀬の水に手を入れた。
「おじさま。ごめんなさい。生きてみたいから、身体は大切にしたくなったの」
ケイは濡れた手のままで私の手を握った。ケイの手から涙を感じた。
「東京に帰る」
「おじさま疲れていらっしゃるでしょう。泊まりましょう」
十和田湖畔に宿を取った。部屋は満室のところ無理を言ったので、ケイと一緒になった。
湯上りのケイが窓際に立ち
「乙女の像」
と言いながら、浴衣を脱いだ。部屋の照明は消されていたので、窓からの灯りがケイの姿を私に見せてくれた。ケイはそのまま私の、着替えの済まない体に飛び込んで来た。
私はケイの身体を抱きながら秋の月を観た。