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画-かく-

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 首都圏のとある食品スーパーで、店主が万引きをした若い母親を捕えた。母親は幼い子供にプリンを食べさせたい一心でついバッグの中にプリンを1個隠し入れてしまった。以前は150円で買えたものが350円になっていた。母親が許してくれと懇願した。しかし、赤字にあえぐ店主にしても簡単に許せるものではなかった。一罰百戒、警察に連れて行こうと母親の腕を掴む。母親は抵抗する。事情の分からない子供は泣き叫ぶ。
 騒ぎを見ていた客の中の一人が店主に許してやるよう促した。
 「お金払うって言ってるじゃない。ゆるしてやれよ。たかが1個のプリンじゃないか」
 たかがという言葉は、早朝から深夜まで休む間もなく商品の仕入れに奔走し、心身をすり減らし続ける店主の怒りを頂点に押し上げた。
 「たかがだとお?たかが1個のプリンだとお?このプリン仕入れるのにどれだけ頭下げたかも知らないくせに・・・こっちは生活掛ってんだ。1個盗んでも物を盗んだら泥棒じゃないか!」必死の形相で客に詰め寄る。
 「なにが生活だ。この母親だって生活掛ってんだ。悪いと知ってても止むに止まれないことぐらい分からないのか!この強欲オヤジ」
 「お前たちに俺の苦労が分かってたまるか。お前たちに文句言われる筋合いなんかない。泥棒は泥棒だ。お前たちもグルだ警察に通報してやる!」
 ついに客が店主の胸ぐらを掴んで引き倒し、近くの商品棚からパンを一つ掴んで袋を破って食べ始めた。
 「こんな強欲オヤジの店なんかつぶしてしまえ。元はと言えば俺たちがこれまで儲けさせてやったんだ。その恩も忘れて強欲なこと言いやがって。みんな食ってしまえばいい。持って行けばいい。元はと言えば俺たちの物だ。でもな、俺たちは泥棒じゃない。レジだけは絶対手を付けちゃだめだぞ。レジだけは触るなよ」
 この声をきっかけにして店内にいた客たちの略奪が始まった。レジは無事だった。店主は泣き叫び、客にしがみつき、振り払われ、また客にしがみつき、突き飛ばされ、そのあと気を失い、失禁した。
 この事件のあと、食品スーパーをはじめとして主に生活必需品を扱う商店への襲撃、略奪が全国に拡がっていった。不思議なことだがいかなる襲撃、略奪においてもレジだけは無傷だった。困窮する庶民たちのぎりぎりの矜持だったのか、免罪符が欲しかったのかは分からない。
 

9.グリーンベルト
 これがグリーンベルトか!
 私が東京を離れるときは建設工事が真っ盛りだった。この辺りは比較的順調に建設工事が進んでいた方だ。グリーンベルトとして整備される広大な更地が広がり、それを挟んで建設途中の集合住宅群が全貌を現し始めていた。そのとき既に画を感じさせるに十分な威圧感があった。それがついに完成したのだ。
 
 グリーンベルトは幅100mの芝生を敷き詰めただけの緑地帯だ。もっとも3月なので緑は薄く、灰色掛かっている。
 電車の進行方向左側つまり西の方向を車窓から眺めた。グリーンベルトはほぼ直線で、遠ざかるほどに少し右に曲がりながら彼方まで伸びている。目を凝らすが、春霞のせいで先の方は良く見えない。
 グリーンベルトの芝生はきれいに刈りそろえられている。そこに人の姿はない。鳥さえも飛んでいない。そこだけは時間が無いように静かだ。
 グリーンベルトの手前側、つまり南側が画外、北側が画内になる。今、境界にあたるグリーンベルトを電車がゆっくりと通過している。
 
 グリーンベルトの両側には中央分離帯のある片側2車線の車道が並行して延びている。車道とグリーンベルトの間に歩道はなく、人の胸の高さほどの金属ネットのフェンスが敷設されているだけだ。
 一方、車道の外側には画外側、画内側ともに街路樹のあるゆったりとした歩道が整備されている。
 歩道の外側には、画外側、画内側とも11階建ての集合住宅群がはるか遠くまで続いている。双方の住宅群は高さが統一され、歩道、車道、グリーンベルト、車道、歩道をはさんで整然と向き合っている。
 
 電車の進行方向の右側つまり東の方にもグリーンベルトはある。しかし300mほどで終わる。その先は海だ。ただ、海といっても見た目は運河と変わらない。岸壁から100mほど先が埋立地で倉庫街になっているからだ。倉庫街の遥か遠くに巨大なキリンを思わせるコンテナクレーンが並んでいる。
 
 グリーンベルトは総延長27.1kmある。品川区東大井から北区王子まで環七通りの内側にほぼ並行するように続き、首都の中心部を取り囲んでいる。品川区東大井では海岸に、北区王子では隅田川に突き当たって終わる。
 隅田川はグリーンベルトと同様の機能を与えられており、水の壁、お堀などと呼ばれている。
 
 幅100mのグリーンベルトのちょうど中間に高さ30m程の照明塔が並んでいる。照明塔は不審者が立ち入ったときに点灯されるらしいが、普段は夜間も点灯されることはない。照明塔には監視カメラと暗視カメラが取り付けられており、24時間監視活動が続けられている。
 
 グリーンベルトが出来た当初は、二月に一回くらいはグリーンベルトの横断を企てる者がいたが、グリーンベルトが定着した今では横断しようと考える者などめったにいない。
 車道に沿ってフェンスが設置されているが、人の胸の高さくらいなので、その気になれば子供でも簡単に乗り越えられる。しかし、今どき乗り越える者もいない。フェンスの目的は不注意にグリーンベルト内に立ち入ってしまうことを防ぐのとゴミのポイ捨て防止である。その点でフェンスは十分にその役目を果たしている。
 
 また、グリーベルトには芝生用の強力な除草剤が撒かれているらしく芝生だけがきれいに育つ奇妙な景観が常に保たれている。この除草剤は対人毒性が極めて強く、除草剤を吸い込んだり皮膚に付着したりすると失明する恐れがある、毛が抜ける、肝臓機能が低下する、インポテンツになるなど数多くの噂がある。真偽の程は定かではないが気持ちの良いものではない。当局が意図的に流していると勘ぐる人も多い。
 今も時々一部の環境保護団体が除草剤の散布に反対してグリーンベルト沿いの道路でデモ行進をしたり、隣接するマンションの住民に除草剤の被害者が出たといったニュースがネット上にアップされることがあるが、皆なれてしまったのか社会問題に発展することはない。ただ、除草剤の噂はグリーンベルトへの立ち入りを抑止する力にはなっているようだ。
 
 それでも時々グリーンベルトの横断を企てる輩はいる。グリーンベルトは、特に画外の人間にとっては目の前に広がる荒涼とした壁であり分断の象徴だ。反感を抱くに十分な代物なのだ。何かの拍子に突破する衝動が起きるのも無理はない。
 ただ、大半は酔っ払った上での暴走、学生の悪ふざけ、恋人にフラれた腹いせなど他愛のないものであり、テロまがいのもの、犯罪がらみのものはまず考えられない。
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬