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画-かく-

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 「お前も元は役人だから法律や制度くらい少しは分かるだろう。お前はじいさんの世話をしながらシナリオを書けばいいんだ。演説はじいさんに任せて黒子に徹すればいい。しかも、長くやれとは言わん。参議会と統一地方選挙のある4月一杯頑張ってもらえば十分だ」
 「なるほど」
 「それから、もう一つ統一地方選がらみで大事な仕事がある。地方議員たちの世話をしてほしい。もっとも、地方議員の秘書までやれとは言わん。地方議員だって有力者なら秘書が何人もいるし、基本的に彼らは自分たちで動く。細々したことをやる必要はない。要するに今回の件に関しては久田が選挙区内の地方議員の束ね役をしているから、地方議員たちの演説内容のすり合わせとか、公約の内容のチェックをしてもらいたい。それから、地方議員たちが法律改正の請願を地元の議会に提出するから、その内容とかタイミングとか、そんな諸々の調整役をやって欲しいんだ」
 「なるほど。何とかできそうだな」
 「ただ、気を付けてくれ。じいさんは頭が切れる方ではないが弁は立つ。しゃべり過ぎるのが怖いんだ。今はじっと我慢して貰わないと。それに地方議員たちの勇み足も怖い。俺も木下さんとここで地方議員たちの船頭をやってるが、彼らは血気盛んで頼もしくはあるが、時に暴走するんじゃないかと内心冷や冷やものだ。もし、政府与党や衆議院の連中が我々の動きを察知したら、これまでの苦労が全部水の泡だ。間違いなく潰される。今回失敗したら二度とチャンスは来ない。やるときは一気呵成にやらなきゃ絶対に成功しない。今は何があってもじっと我慢だ。じいさんたちにブレーキを掛けるのがお前の一番大事な役目かもしれないんだ」

 とんでもないことになった。とんでもないことを引き受けてしまった。保坂の情熱と木下の真摯な態度にほだされて。迂闊だった。保坂はこんなことも言っていた。
 「最近国民カードの紛失が増えたのを知ってるか?昔はカードを拾って警察に届けたら皆5万円の報奨金をもらってた。50万円分の税額控除というのもあるにはあるがもらう奴はほとんどいない。そんなに税金払ってないからな。ましてや投票権0.2ポイントをもらう奴なんて変人扱いだ。ところが最近選挙ポイントをもらう奴が増えてきたんだよ。不思議だろう。テレビやネットでは国民の政治に対する意識が少しづつ高まってきたのかもしれない。ようやく先進国らしくなってきたって喜んでいる学者もいたな。景気が良くなって5万円もらうより、束の間のステータスが欲しくなったんじゃないかっていう評論家もいた。与党の政治家は、景気が良くなって国民の考え方も洗練されてくればそれに越したことはない。これで日本は経済も国民意識も超一級の国になったなんてノー天気に喜んでたけどな。支配されている者たち、貧しき者たちの怒りに気付いちゃいない。そんなに急にカードの紛失なんて増える訳ないだろう。おかしいと思わない方がおかしい。今に分かるさ。統一地方選挙の結果をみればな。地方選挙だって大半が納税額比例を採用しているんだから」
 これって犯罪じゃないのか?公職選挙法に違反してないんだろうか?怖くなってきた。
 「なあに、知ったこっちゃない。単なる社会現象だし一回限りだ。ちょっとスリリングなゲームが一時期はやったと思えばいい」
 この話は聞かなかったことにしておいた方が良さそうだ。私は久田の黒子に徹すればいい。

 その後、木下の家で宴が始まった。酒は木下の人徳が集めたものだろう。全国各地の銘酒から選りすぐりをいただいた。酒のさかなは勿論保坂自慢の旬の野菜を木下夫人が丁寧に調理したものだった。暴走気味の保坂を木下は時に頼もし気に見つめ、時には静かにたしなめた。初対面の私に対しても木下は以前からの友人であるかのように接した。酒の勢いもあったろう完全に取り込まれてしまった。
 午後9時を回ったので保坂と私は木下家を辞去することにした。帰り際、木下は私によろしく頼みますと深々と頭を下げた。分かりました、何とかやってみますと応えた。木下の気迫と酒の勢いがそう言わせた。
 
 車は明日取りに来ますと保坂が夫人に告げ、夫人が我々に丁寧に挨拶をし、門を閉めると保坂が「うちに泊まっていけ」と言った。タクシーが門前に待っていた。保坂を先に乗り込ませ、その後から私が乗り込んだ。
 「そうしたいのはやまやまだが、明日の朝一番に森林局長のところにアポイントを取ってある。以前局内のプロジェクトチームで一緒に汗をかいた先輩だ。ただの表敬の予定だったが、こんなことになるとは思いも寄らなかった」
 「まさか今日の話をする訳じゃないだろうな」
 「当たり前だろう。ただ、僕もこれから少し厄介なことに手を染めるし、OBとはいえ森林局に席を置いた人間として、局長に迷惑が掛かるとも限らない。阿吽の呼吸で仁義だけは切っておく」
 「お前がそう言うなら解った。今度のことがひと段落したら一杯やろう」
 「そうだな。こんどこそ北海道に遊びに来いよ。君の作る野菜にはかなわないかも知れないが北海道の野菜はうまいぞ。魚は文句なしだ」
 「そりゃ楽しみだ。うまい酒を飲むために絶対に勝たないとな」
 タクシーが橋本の駅に着いた。保坂は少し名残惜しそうだったが、お互いの健闘を誓って固く手を握りあい、再会を約束して車を降りた。後部座席の保坂に手を振り、車が見えなってから改札口に急いだ。


8.表参道
 電車は間に合うだろうか?駅員に聞くと、JRなら東神奈川駅まで行って京浜東北線に乗り換えることになるが、新大井の入画時刻には間に合わないだろうとのことだった。残る方法は9時40分発の小田急線の西北沢行きの最終か9時35分発の京王線の新笹塚行きだが、京王線は間に合いそうになかった。小田急線の最終が発車するホームに急ぎ、停車中の電車に飛び乗った。最終電車だというのにガラガラだった。電車はすぐに発車した。私の乗った車両には10人ほどしか乗っていなかった。皆風采の上がらない身なりだ。女性はいない。スーツ姿も見えない。皆作業服やらブルゾンを着ている。途中の駅で何人かが降り、何人かが乗ってきたが、乗客が増えることはない。皆静かにスマホを見ているか居眠りをしている。途中、何台か下り方面に向かう電車と行違った。大勢の人が乗っていた。立っている人も多かった。今日一日画の中で働き、いろいろなことがあり、ようやく勤務を終えて、境界を越えて自分たちの住処に帰っていくのだろう。明日もまた境界を越えて画の中で働く。そのくり返しだ。画は働く場、暮らしは画の外だ。

 電車が西北沢に到着した。降りたのは15人ほどだ。橋本駅からの乗客も5人ほど混じっていた。不思議と親近感が湧いた。ゲートを通るのには慣れた。戸惑うことはない。シャトルに乗るのにも慣れた。その後またゲートを通るのも。こうして皆画のある世界に慣らされてきたのだろう。
 ゲートを出ると西北沢始発の新荒川行きが停車していた。新荒川も新駅だ。この電車に乗れば代々木上原から地下鉄千代田線に入っていく。山手線への乗り換えを考えるとラッキーだった。
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬