画-かく-
6.三本の矢
「選挙制度を変えるからにはそれに関係する法律を改正しなければいけないよな。参議院の復活は現時点では考えてないから憲法まで改正する必要はない。そうなればハードルは低くなる」
「確かに。でも大変だ」
「憲法なら絶望的だが少しはましだろう。で、法律の改正だから当然国会で議決する必要がある。ハードルは勿論高い。それは国会が衆議院一院で構成されているからだ。衆議院議員たちは今の腐った制度で当選してきた連中だから、みすみす自分たちが不利になるような法律改正をするはずがない」
「そりゃそうだ」
「では、どうするか?三本の矢を放つ。一本目の矢が参議だ。参議に働いてもらうんだ。かつて衆議院のカーボンコピーだ、有っても無くても同じだ、税金泥棒だなどと散々コケにされてきたんだから、ここで一つ良識の府、再考の府だった参議院の意地を見せてもらうんだ」
「どうやって?」
「参議の特権の一つに法案提出権というのがある。憲法の改正とか憲法に抵触する法案は認められないが、それ以外のものなら大抵は認められる。それを今年の4月の参議会に提出する。ビックリするぜ、今までロクな法案しか提出してこなかったんだからな。志を同じくする参議には根回し済みだ。我々に完全に同調してくれるかどうかは別にしても今の政府与党を良く思っていない参議は多い。何せ生首を切られたんだからな」
「わかるわかる」木下の方をみると、木下は姿勢を正し目を閉じ、口を堅く結んでいた。
「それにな、首長に転身した参議だって地方の窮状に冷淡な今の政府与党を良く思ってはいない。参議の多くが法案を支持すれば衆議院に対して大きな圧力になる。そして、参議会の動きに同調して全国で国民運動を展開する。これが二本目の矢だ」
「なるほど。でも、衆議院議員だって自分たちの身分にモロに影響する話だよ。なり振りかまってられないよ。反対は必至だ」
「多分な。そこで三本目の矢だ。地方議員だよ。既に全国に多くの同士がいる。現職の議員もいれば候補者もいる。彼らが全国で一斉にのろしを上げる。来月の統一地方選で勝負を掛ける」
「統一地方選と言っても勝てるのか?」
「勝算はあると思う。芳野が言ったとおり地方の多くは疲弊し、消滅の危機だ。しかし中央政府も与党も本気で地方のことなんて心配していない。何故かといえばGDPにほとんど寄与しないからだ。勿論、地方発展推進本部なんて作って予算をばら撒いてご機嫌取りはしてるがね。あれも富める者たちから貧しき者たちへの救済だ。本気じゃないね。大事なのは画内に本社を置くグローバル企業だ。彼らが海外に逃げ出さずにこの国に残ってガッポリ稼いでくれればそれで十分なんだ。画内の企業とか画内で安穏に暮らしている人間を相手にした方が行政は効率的にできるし税金も間違いなく入ってくる」
「確かに効率的ではある。地方は面積も広いしな」
「与党にしてみれば、地方なんてGDPにほとんど寄与しない割に教育や社会福祉は非効率極まりない。手間はかかるが税収の少ない厄介者だ。そんな地方の連中にサービスしても0.2票か精々0.4票だからな。どちらかと言えばお荷物なんだよ」
「ひどいな。無茶苦茶だ」
「そうだ。だから地方議員は必死なんだ。自分たちが暮らす地域の存亡が掛っているからな。いままで地方議員といったら教養のないヒヒ爺とか目立ちたがり屋の中小企業の若手重役というのが通り相場だったが、さすがに尻に火がついて、真剣に物事を考える議員が増えてきた。与党系の地方議員だって半分以上は党中央のことを内心快く思っていない。ただ縛りがきついから黙ってるだけだ。全国で火を放てば燃え上がる可能性は大だ」
「ところで首都圏はどうなんだ?首都圏だけは画外も結構潤ってるんじゃないか?」
「画外も不満は高まっている。地方とは少しニュアンスは違うがな。働き口は十分ある。画内に通勤している者の割合の方が高いがな。彼らは毎日ゲートを通って境界ゾーンを越えて画内に通ってるんだ。そりゃ画外で働くよりは給料がいいから無理して通勤する。でも、画内で暮らしている連中と画外から通っている連中の賃金格差は半端じゃない。半分諦めちゃいるが不満は溜まっている」
「分かる。昨日画外でひどい目にあった。夜道を襲われた」
「そりゃ芳野が酒飲んでノー天気にふらふらしてたからだろう」
「よくいうよ。僕が何悪いことしたっていうんだ。スーツを着てただけだよ。しかも安物の。そんなの八つ当たりだろ」
「まあそう怒るな。それだけ根が深いってことだよ。本題に戻るぞ。いいか、地方の怒りを結集させて、政府与党に圧力を掛ける。そのために同志となる地方議員を少しでも多く当選させたいんだ。勿論、これと並行して国民運動もガンガンやる。全国から中央政府、与党を包囲し圧力を掛けるんだ。そうなったら衆議院議員だってそう簡単に反対できなくなる」
7.久田
「なるほど、よく分かった。で、僕は何をすればいいんだ?」
「そうこなくっちゃ。見込んだ甲斐があった。では、いよいよ本題に入ろう。旭川の参議で久田というのがいるだろう」
「え、久田?いるよ。毎週日曜日の昼頃、旭川の駅前で街頭演説をしているじいさんだろう?」
「そうだ」
「北海道は東京政府に支配されている。東京政府の植民地にされている。北海道は独立しなければいけないとか北海道で徴収した税金は全て北海道で使うべきだとか、過激な演説をしている変なじいさんだ。普通の人は立ち止まって話なんて聞いちゃいないよ。ただ、話が過激な分だけ面白いといえば面白いから発車時刻まで時間のある人や近所に住む暇な老人がベンチに座って聞いてるくらいだ」
「間違いない。彼も同士だ」
「えっ久田がか?ピンと来ないな。久田は旭川では変人扱いだよ。ようやく参議院議員になったと思ったら一期目の途中で突然参議にさせられたから無理もないが。それでも責任を感じているのか、聴衆のほとんどいない駅前で一所懸命演説してるんだ。そんな老人の姿を見るのは正直つらいよ。市民の中にはろくな仕事もない参議になって給料だけ貰ってる税金ドロボーだなんて陰口をたたくのもいるしね」
「確かに久田という人物は少々過激ではある。労働組合上がりだから当局を追求するのは得意だ。与党も当局みたいなものだから。でも大目に見てやれよ。晴れて参議院議員になったと思ったら参議院が廃止になったんだから。恨み骨髄だろう。でもな、偏屈そのもののじいさんだが人間は悪くない。話せば分かる意外と魅力的な人だ。なにしろ一度は参議院議員まで務めた人物だからな」
「確かに人物は悪くなさそうだけど。で、僕は何をすればいいんだ?」
「彼を助けてやってほしい。議員時代は何人か秘書がいたが、参議になってからは一人減り二人減りしていった。で、ただ一人残った秘書が昨年末急に亡くなってな。手足となって動ける人間がいなくなった。見てのとおりのじいさんだ。気骨と気迫はあるが体力は今一つだ。それと、労働組合あがりで弁は立つが、如何せん法律とか行政とかの知識はお寒い限りだ。これまでは秘書がカバーしてきたんだ」
「秘書なんて僕にできるかな?」