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画-かく-

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 「一度聞こうと思ってたんだが何で辞めたんだ。まあ銀行なんてところは色々といわく因縁がありそうだけど、君は結構うまくやってると思ってたけどね」
 「ああ。自分で言うのも何だが有能なバンカーだった。小さな支店だったが30代の後半で支店長になった。当然同期入行組で一番だ。鼻高々だったと思うだろう?それが違うんだな。その頃にはもう金融というものに絶望していた。でもな、負けるのは俺のプライドが許さないからな。業績だけは上げ続けた」
 「へえ。そうなのか」
 「俺はな、最初は金融に期待していたんだ。世の中を動かすエネルギーだ、つまり石油みたいなものだと思ってた。金を上手く回すことで社会に富が生まれ、人々の暮らしが豊かになるとな。俺は世の中を豊かにするために金融をより効果的に運営する夢を持っていたんだ」
 「確かに一面ではそうだ。取引するにも金がなきゃどうにもならないからな」
 「そうだ。物々交換に限界が生まれ、貨幣を介在させることで物の流通、売買が一気に効率化したところまでは貨幣は極めて優れたエネルギーだった。そこまでは良かった。しかし、今は金だけが独り歩きしている。物やサービスに裏打ちされた貨幣には意味がある。しかし、いつの間にか金が金を生む時代になってしまった。金を持っている者たちは、金を持っているだけで何の苦労もせずに金が増えていく。金のない者たちは、いくら頑張っても金は増えない。減っていく一方だ。そのお先棒を担いでいるのが銀行という訳だ」
 「確かに。僕が預けている金額なんてたかが知れてるから銀行も相手にしてくれないけど、富裕層は大事にされてるみたいだしな」
 「知ってのとおり俺は昔から趣味で百姓をやってたろう。無から有を生み出す。太陽や水や大地の力を借りて物を生み出すダイナミズムが好きだった。実は金融も同じように考えていたんだ。金を本当に必要としているところに上手に注ぎ込めば、その金を使って事業が始まり、発展し、進歩し、人の世を豊かにすることができるとな。確かに、今も無から有を生み出しているように見えるが、実際は無というより幻の中で金がいくら増えた減ったと数え合って喜んでいるだけだ。そんなものは生きた金じゃない」
 「それで農業か?」
 「簡単に言えばな。でもな、俺は物を生み出すことの意味まで考えて農業をやってる。自分で言うのも何だが志は高いぜ。美味しいもの、身体に良いもの、もっと言えば生きていることが素晴らしいと感じられるような作物を提供したいと思っている。しかもそれがビジネスとしてちゃんと成り立つようにしてな。世捨て人の道楽じゃないんだから。お蔭で最近はファンが増えて保坂ファームの売り上げは上々だ」
 「そりゃ何よりだ。じゃ何も問題ないじゃないか」
 「ビジネスに関してはな」


3.木下
 「それなら用件は何なんだ。君が北海道まで訪ねて来るということは余程のことだろう?」
 「お前が余計なこと聞くから横道にそれちゃったじゃないか。まあ時間はあるから良いがな。実はお前に折り入って頼みがある。頼れるのはお前しかいない。それで、これからある人に会ってもらいたい。勿論俺も同席する。政治の話だ。具体的には3人揃ってから話す」
 「せ、政治っ?何だそりゃ」一瞬息が詰まりそうなった。
 「僕は田舎の中小企業の雇われ重役だよ。全然役に立てるとは思わないけど」
 「まあな。驚くのも無理はない。でもお前しかいないんだよ。巻き込んで悪いがな」
 保坂が軽トラをとある屋敷の門前に停めた。やはり急停車だった。大きな屋敷だ。綺麗に刈り揃えられたイヌマキの生垣が屋敷を取り囲んでいる。戦前に建てられたと思われる2階建てのしっかりした木造の住居が見える。表札には木下とある。知らない名前だ。
 保坂が呼び鈴を押して名前を告げると「お待ちしておりました。今すぐ参ります」と上品そうな婦人の声が聞こえてきた。待っていると門扉が開き初老の婦人が出てきた。保坂が友人の芳野ですと私を紹介し、木下さんの奥様だと紹介した。私が挨拶をしている間に、保坂が軽トラに戻って屋敷の中に入れた。
 簡素だが丁寧に造り込まれた和風建築だ。屋敷の後ろの庭も良く手入れされているようだ。夫人が門扉を閉めて玄関先に戻り、玄関の引き戸を開けて中に入るよう促してくれた。古い家の匂いがした。上がり框に腰掛け靴を脱いでいると、奥から老人が出てきた。お邪魔しますと挨拶をしながら顔を見て息をのんだ。与党のご意見番、元参議院議員の木下がそこに立っていたからだ。

 「よく来てくれました。お待ちしていました。芳野さんと仰いましたね。木下です。どうぞ奥へ」
 「芳野と申します。お邪魔します」こんなことなら事前に言っといてくれよと保坂を恨めしく思う。
 保坂はいたってのん気なもので「木下さん、この前お持ちした菜の花とふきのとうはうまかったでしょう。お酒が進み過ぎたんじゃないですか」などと軽口をたたいている。
 良く磨き上げられた廊下を進み、応接室に通された。大きな部屋だ。ソファも大ぶりで12〜3人がゆったり座れそうだ。さすが元政界のご意見番の応接室だ。木下が一番奥の一人掛けのソファに座り、木下を挟んでコの字型に保坂と私が座った。
 夫人がお茶を持ってきた。玉露のいい香りがした。
 「芳野、おどろかせて悪かったな。木下さんのことは知ってるよな」
 「勿論だよ。でも僕みたいな凡人に用があるとは思えないけど」
 「いやいや、保坂さんから芳野さんのことは聞いています。貴方なら私たちの力になって頂けると確信しています」
 「さて、私のようなものが木下さんたちのお役に立てるとはとても思えないんですが、用件は一体何なんでしょうか?」
 「じゃあ、私から説明します」保坂が口を開いた。


4.管理された社会
 「芳野、今の納税額比例選挙制度をどう思う?」
 「変な制度だと思う。明らかに憲法違反だ。法の下の平等に反する。でも皆あまり疑問に思わなくなった。正直僕も同じだ。情けない話だがいつの間にか慣れてしまった」
 「そうなんだ。日本人の良いところでもあり悪いところでもある。順応性が高いんだな。それとお上の決めたことには実に従順なんだよ日本人って奴は。それは事実として仕方ない。日本人の性格を嘆いてみてもな」
 「全く、情けない話だが」

 「しかしだ、その結果今の日本はどうだ。画のようなグロテスクなものが出来上がって、国民を完全に分断してしまった。画の内側と外側だ。でもな、画は目に見えるから分かりやすいが、画は象徴であって画だけが問題じゃない。要するに金を持っているかいないかで日本人を分断しているということが問題なんだ。たかが金ごときで人間を振るい分けするなんて最低じゃないか。勿論、金を卑下している訳じゃないぜ。ただ、人間の価値を金で測るということが許せないんだ」
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬