画-かく-
手短に挨拶を済ませ、お気をつけてという市川の声を背中に受けながら階段を駆け下りていく。電車は間に合うだろうか。改札口の発車票を見る。間に合った。永代橋駅行の最終は10時13分発だった。時計は10時を回ったところだ。改札口で国民カードをタッチしてホームに向かう。改札口付近には人影がない。先ほどのことがあったので不安になるが、駅事務所の窓越しに駅員が二人見えたので少し安心する。エスカレータでホームに降りていく。門前仲町の駅は永代橋行きと西船橋方面行きはホームが異なる。永代橋行きホームには30人くらいの人がいた。さすがに最終だ。人の多さに少しほっとした。ほとんどが画内に行く人だろうか?皆静かに電車を待っている。なんとなく穏やかだ。お酒が入っていそうな人が半分くらいいた。
電車が入って来た。永代橋駅はすぐ隣の駅だ。歩いても簡単に行ける距離だが、画が設けられて、境界を越えるためにできた新駅の一つだ。だからこの駅には画外駅と画内駅がある。私の乗った電車は勿論画外駅行きだ。発車したと思ったすぐに永代橋の画外駅に到着した。駅には改札口が二つあり、その一つが入画ゲート方面改札口になっていた。迷わず入画ゲート方面に向かう。まだシャトルはあるはずだが何となく心細い。改札口を急ぎ足で抜ける。20mほど先に入画ゲートが見えた。改札口と同じような形をしたゲートが10ほど並んでいる。ゲートの両側には警察官が立っている。ゲートの読み取り機に国民カードをタッチすると1〜2秒後にゲートのランプが緑色に点りバーが開いた。警察官は無表情なまま閣外駅改札口の方を見ている。いちいちこちらを見ない。機械まかせだ。あっけなくゲートを通り過ぎ、矢印に従って進むとシャトル便のホームだった。シャトルはまだ来ていない。終電間近なのかホームには100人近い人がいた。ホッとした。シャトルは単線だった。200mほどしかない距離を行ったり来たりするだけだから当然か。線路をはさんで向かい側もホームになっている。到着専用のホームだろう。誰もいない。
しばらくすると画内方面からシャトルが入ってきた。運転手はいない。無人だ。車内は混んでいる。立っている人も多い。向こう側のドアが開いた。こちらのドアは開かない。疲れた顔、放心したような顔が多い。笑顔はほとんどない。皆無言で降りていく。車内は空になった。ドアは開かない。警備員が最後尾の車両から順番に車内を点検していく。
ようやく、ドアが開いた。ホームにいた人たちが一斉に乗り込む。車内はベージュ色だ。座り心地の悪そうなプラスティックのシートが並び、つり革がぶら下がっている。天井には4mおきくらいにカメラが設置されている。シートに座る者はいない。つり革を持つ者もほとんどいない。スマホを見ているか、仲間うちで話しているか、ただぼんやり立っているかだ。車内に死角になるような凹凸や構造物はない。網棚もない。広告もない。監視し易いように設計されているのだろう。機能的だが殺風景だ。くつろぐ場所ではないし、走行時間が数十秒のことだから良いようなものだが、毎日乗ると気が滅入りそうだ。画ができてから整備された物だから、どこのシャトルも同じような構造なのだろう。
ドアが閉まりおもむろに動き出した。と思ったらすぐに到着し、乗ったときと同じ側のドアが開いた。皆一斉にホームに出て入画ゲートに向かっていく。ゲートを抜けると画内駅の改札口が見えた。まだ電車は走っているのだろうか?ちょっと気になったが、万が一電車が無くても取りあえず画内に入ったので何とでも対応できる。ホッとする同時に画内の有難さを感じる。
16.背景
ハロウィーン事件は日本の歴史上最大のテロ事件になった。事件発生直後からマスコミは連日連夜、関連するニュースを流し続けた。また、多くの学者や評論家たちが事件について論じた。国民の眼はこの事件に釘づけになり、犯人たちに対する怒りが膨らみ、それ以上にテロ再発に対する恐怖心が膨らんでいった。
事件はどの様にして起こったのか?爆弾はどこに設置されたのか?犠牲者が多く出たのは何故か?
何故あのマンションが狙われたのか?命を絶たれた人たちはどのような人たちだったのか?
また同じような事件が起こるのではないか?次に狙われるのはどこか?
MCとはMCジャパンとはどんな組織なのか?日本国内にまだMCの関係者がいるのか?
国連PKFに派兵したのが間違いだったのではないか?
ハロウィーンなんかで浮かれているからやられたのではないか?
真摯な疑問、感情的な疑問、興味本位の疑問が次々と湧き出し、マスコミは有頂天になって様々な疑問に答えを出し続けた。そして、11月末に奥多摩で実行犯二人の遺体が発見されるとニュースは沸騰し、12月末の山梨県の別荘爆破事件で年末の特番を独占した。しかし、年が明け、成人の日に爆弾を隠し持ったメンバー二人が逮捕される頃になると、国民は事件報道に慣れっこになり、恐怖心も徐々に薄れてきた。二人が逮捕後に「恐怖はこれからだ」と発言していたことは公表されることはなかった。
3月に名古屋と大阪で大規模な爆発が起こった。爆破された場所はいずれも軍需産業に関連した施設だった。自衛軍と企業のダメージは計り知れないものだった。しかし、狙われたのが深夜の工場と倉庫だったため死傷者はおらず、国民にはそれらの施設が軍需産業に関連したものであることが伏せられ、爆発にテロ組織が関与している可能性が高いことについては曖昧にされた。そのため、大半の国民は工場と倉庫で大きな爆発が連続して起こっただけだと感じた。ただ、爆発の二日後、MCから犯行声明が出されるとハロウィーン事件の記憶が戻り、事件が未解決のままであることを思い知らされた。
「これは寛容な予告だ。今すぐイスラムの地から軍を引き上げろ。さもなければ今度は真の恐怖を味わうことになるだろう」
その後も小規模な爆弾騒ぎが3件続いたがMCは声明を出さなかった。3件とも爆薬の種類が異なり模倣犯の仕業と断定された。
何故あのような凄惨なテロ事件が起きたのだろうか?元凶はMCとそれに連なるMCジャパンであることは間違いない。あのような凶悪な組織が存在しなければあのような残虐な事件は起きなかった。
しかし、本当にそう言い切れるのだろうか?MCがやらなかったとしても別の組織が別のテロ事件を起こしたのではないか?
テロ事件を生む温床、テロ事件が起こる背景があるのではないか?あるとすればそれは一体何なのだろうか?そのことを明らかにして、有効な対策を取らないとテロ事件がまた起こるに違いない。テロを再発させないためには何をすれば良いのだろうか?
大規模な工場爆発や小規模な爆弾騒ぎが続く中、ハロウィーン事件が発生した当時の熱気は徐々に収まり、恐怖に向き合う中で国民は自問自答し始めた。
やはりPKFで派兵したことが間違いだったのではないか?日本に止まっていれば石油を買うくらいしか縁のない中東の訳の分からないテロ組織から恨みを買うことなどなかったはずだ。