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画-かく-

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 シリア第二の都市アレッポに入った自衛軍は、規律正しく秩序立って行動した。積極的に現地の言葉を覚え、現地に溶け込む努力を惜しまなかった。欧米の部隊のように現地人を見下すような態度は一切取らなかった。同じアジアの仲間を救うためにやってきたのだから。
 自衛軍の隊員の大半は、日本では貧しい家庭の子息だった。日本では活躍する場、自己の存在を確かめられる場所は見付けられなかった。しかし、シリアには自分たちを心から歓迎してくれる人たちがいた。頼りにしてくれる人たちがいた。隊員たちの意気はさらに上がった。
 「彼らは仲間だ、同胞だ。十字軍ではない」長きにわたる戦禍に疲れた現地の人たちにとって自衛軍は一筋の灯りだった。
 「ヤバニ(日本人)!ヤバニ(日本人)!」現地の子供たちは日本の兵士に手を振り、笑顔で兵士を取り囲み、仲良く写真に納まった。
 自衛軍は、高性能の武器と高度な技術力をもってテロ組織の支配地域を次々と奪還し、同時に現地の一般市民に食料を与え、住居を修理し、インフラを復旧していった。まさに和戦両様、大車輪の働きだった。自衛軍の存在感、期待感は日を追うごとに増大していった。

 日本軍は欧米の部隊以上に手ごわい。テロ組織は当然のこと危機感を覚えた。
 アレッポ近郊の村に進駐し、休息を取っていた自衛軍の兵士のもとに「ヤバニ!ヤバニ!」と手を振りニコニコと笑いながら母娘が近付いてきた。兵士は手元の黒糖飴の袋に目をやり、現地の人の口に合うだろうか?と思った。瞬間、高音と閃光が兵士を襲った。兵士の姿は消えた。母娘も消えた。自衛軍最初の犠牲者だった。
 これからは安易に地元民を近付けてはならない。安易に彼らと接触してはならない。近付く者はまず持ち物を検査し、危険な物を所持していないことを確認せよ。事件後数日してから出された司令部の指示だ。方針は大転換された。
 しかし、司令部の指示が出るまでもなく、兵士たちの現地人を見る目は変わっていた。いつ自爆テロに遭うか分からないのだから。今や現地人は全て自爆テロに見える。とにかく現地人を近付けないようにすることが一番だ。

 最初の犠牲者が出た4日後、アレッポ市街で警備に当たっていた自衛軍兵士たちのもとに3人の男の子が「ヤバニ!ヤバニ!」と叫びながら走ってきた。彼らは手に何かを持っていた。それを兵士たちに向けた。「撃たれる!」兵士たちは咄嗟に自動小銃をかれらに向け、引き金を引いた。3人が崩れた。手には現地の人たちの好物のパイ菓子の包みが握られていた。
 警備に当たっていた兵士の中に1週間前にチョコレート菓子をくれた親切な日本軍のお兄さんがいた。彼らは母親が焼いた自慢のパイ菓子をそのお兄さんに食べてもらいたかっただけだ。それなのに殺された。日本人に。
 「日本人も十字軍の仲間だった。結局彼らは自分たちの敵なのだ」自衛軍に対する現地の人々の視線が親しみから疑い、疑いから憎しみに変わっていった。日本人兵士と現地住民双方の疑心暗鬼が増幅していく。自衛軍が進駐した土地では、現地住民との小競り合いが起こるのが当たり前のようになった。ときには衝突に発展し、回数は少なかったが自爆テロも起きた。そして、シリアから遠く離れた太平洋に浮かぶ島国日本をテロリストが標的として捉えはじめた。


9.市川次長
 挨拶回りは市川が同行してくれた。市川は営業部次長だが、門脇が営業部長を兼ねているので、実質営業部を取り仕切っているようだ。明るくて屈託のない男だ。
 「市川さんは北海道出身なの?」と聞いてみた。
 「いえ、東京です。中野ですから東京っ子ですね」
 「へえ。うちは北海道の会社なのに珍しいね。どうして入ったの?」
 「オヤジが北海道の旭川出身で、会長とは遠い親戚筋にあたるらしくて、その縁ですね。私は自分でいうのも何ですが都内の三流大学を出てまして。卒業してすぐに関東圏を地盤とする中堅食品スーパーに就職しました。私の性に合っていたのか仕事が面白くて、やり甲斐があって、売り上げを伸ばして、同期の中で一番最初に店長になりました。まあ同期と言っても高卒6人、大卒3人だけですけど。で、33歳になったときに結婚しまして。相手は高校時代に付き合ってた彼女です」
 「えっ?初恋の相手とそのまま?純情だなあ」
 「そんなんじゃないんです。私もいろいろありました。自慢じゃないですが都内某三流大学ですから。純情と言われると沽券に関わります」
 「それって沽券というのかな」
 「そうですか?まあいいや。それで、大学時代もいろいろあって、食品スーパーに勤めてからも取引先の女の子とか、店のレジの女性とかとも・・あんまり言うと評価下がりそうだ。危ねえ。なんか芳野専務って話しやすいですね。ついつい余計なことまで言っちゃう」
 「まあ何でも言って。今は真面目にやってんだろうから。昔のことはあまり気にしなくていいよ」
 「そうですか?ありがとうございます。今は一所懸命にやってます」
 
 「それで、結婚したという話の続きだけど」
 「そうそう。それですよね。で、仕事の方はわりかし順調で、北関東でも売り上げの大きい店を任されて頑張ってました。それでそろそろ身を固めようかなと思い始めた頃に、久しぶりに中野の実家に帰ったんです。その時中野の商店街でバッタリ彼女と鉢合わせて。何しろ高校出てから二度くらい会って、そのまま何となく別れて、それから11年振りくらいですから。お互い「あっ!」って言って、その後「久しぶりっ!」って言って、お茶して、自分のこと彼女のこと話して。聞いて、話して、聞いて、何だかいいなと思って。でも、彼女一度結婚してて、その後離婚してて。前の旦那との間に男の子が一人いて、その頃は中野の実家に子連れで居候してるっていうような話をして」
 「うんうん。で、市川さんは悩んだわけだ」
 「いえ大して悩んでません。三流大学ですから」
 「じゃ一気に結婚?」
 「まあ、大体はそうなんですけど。彼女が離婚したのは前の旦那の浮気なんです。単身赴任中に女作って、あっちに子供まで作って。その後はよくあるドロドロですよね。結局別れてひと段落したんですけど。だから結婚するなら単身赴任は絶対嫌だということで」
 
 「そりゃそうかもね。でも難しいよなあ、ずっと東京という訳にもいかないだろうしね」
 「でしょ。それにあの頃、食品スーパーの襲撃事件が全国で起こったでしょう。私の会社も何店舗かやられました。私の店は大丈夫だったんですけどね。その分すごく気を使いました。私が苦情処理を専門にやって、円形脱毛症になって激ヤセして。でも、食品スーパーっていう仕事は嫌いじゃなかったんで死に物狂いで頑張りました。まあそんなこともあって、この際東京で腰を落ち着けて人生やり直そうかと思いだして、なんていうとちょっと大げさですけど」
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬