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画-かく-

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 自分たちが所属する院を廃止する法案を審議しなければならない屈辱の中で、参議院議員たちは良識の府、再考の府として、何としても衆議院に一矢報いたかった。その思いは与党、野党の所属を問わなかった。

 衆議院で議決され参議院に送られてきた時点の法案では、納税額を年収に換算すると年収300万円までの者の1票の効力は0.1票、年収500万円までの者の効力は0.3票、同じく700万円までの者は0.5票、1000万円までは0.7票、1000万円以上が1票となっていた。
 また、収入のない18歳以上の学生は0.1票とされ、被選挙権は25歳以上で0.7票以上の投票効力を持つ者とされていた。

 これに対し、参議院は、国民の意思はあまねく国政に反映されるべきである、国民の権利の平等は守られるべきであるとの正論を盾に、多くの国民の声に後押しされて投票の効力をできる限り平準化することを参議院議員の総意としてまとめ上げ、法案を修正した。
 修正した法案では、年収300万円までの者と18歳以上の学生は0.2票、500万円までの者は0.4票、800万円までの者は0.6票、1000万円までの者は0.8票、1000万円以上の者は1票とし、被選挙権は25歳以上で0.6票以上の投票効力を持つ者とした。また、「この区分は次期の衆議院議員選挙を経た後、遅滞なくその効果等について検証を行う」とする付帯決議まで付けた。

 一度議決した法案を修正された衆議院側にとっては青天の霹靂である。これまでカーボンコピーと侮っていた参議院から思わぬ反撃を受けたからだ。
 「第一院である衆議院が議決した法案を修正するとはけしからん。一部の文言を修正するならまだしも制度の根幹を修正するなど言語道断だ。すぐさま衆議院で再議決すべきだ」との発言が与党議員から相次いだ。
 しかし、長田たち与党執行部は、仮に参議院の議決を認めたとしても、与党にとって特段不利にはならないこと、失職する参議院議員たちへの絶好のはなむけになること、そして何よりも今般の国会改革に対する国民の根強い抵抗感が和らぐことを見て取り、参議院から回付されてきた修正法案を衆議院が同意することを決断した。
 こうして、納税額比例選挙権制度と国会一院化に関する法律が成立し、1年間の周知期間を経て2024年11月に施行された。
 日本は「即断即決できる国」になった。



第5章 東京工場
1.画外仕様
 エレベータの扉が開いた。目の前にはホテルのロビーが広がっている。中庭に面した大きな窓ガラスを通して朝の陽ざしがぬくもりを届けている。欧米系、アジア系、アフリカ系などビジネススーツ姿の客が数組立って談笑している。窓際のソファには日本人らしい初老のグループが座って静かに談笑している。派手目のダウンジャケットやフリースを着たアジア系の観光客のグループが賑やかに行き交う。
 ロビーの中ほどに大理石の大きなオブジェが据えられており、その横に松田が立っていた。ガッチリした体躯の上にくたびれた作業服を羽織っている。あたりの華やいだ雰囲気の中でそこだけ暗く沈んで見えた。昨日は明るい感じのビジネススーツを着ていたはずだが?と思いながら近付いていった。松田もすぐに私に気が付いたが、一瞬「えっ」というような顔をした。
 
 「お早うございます。お待たせして申し訳ありません。今日はよろしくお願いします」
 「お早うございます。思ったより早く着いてしまいました。こちらこそよろしくお願いします。地下の駐車場に車を止めてありますので申し訳ありませんが駐車場まで歩いていただくことになりますがよろしいですか?」
 「もちろん。かえって手間をかけて申し訳ありません。ところで、さっき僕を見たとき、えっという顔しませんでしたか?」
 「いやあ、まいったな。バレましたか。なんでもすぐ顔に出てしまう」
 「どうかしましたか」
 「実は芳野さんがスーツを着て来られたので、ちょっと」
 「スーツがまずいの?」
 「そうですね。画から出る時はスーツじゃない方がいいですね」
 「でも、昨日森下君はスーツ着てプレゼンに行くようなこと言ってたけど」
 「ええ?森下君に会われたんですか?彼いい奴でしょ。私たちも助かってます。社長と一日一緒にいるとさすがに疲れますからね。僕なんかずっと怒られっぱなしですよ。彼は社長の扱いが上手いからなあ」
 「そりゃ期待度が違うもの。森下君はバイトだから少しくらい甘くてもいいけど、社員の皆さんはそうはいかないんじゃないの。厳しく言われるのは当たり前だよ。でも神村は松田さんのことほめてましたよ。期待されてるんだよ。これは内緒だけど」
 
 「いやあ、まいったな。で、スーツの話ですけど、社長と森下君が行くときは行き帰り車ですからいいんです。社長って面白いんですよ。運転が好きで結構自分で運転するんだけど、クライアントの家の近くまで来ると運転代わって自分は後部座席に座るんです。KPWの社長はえらいんだと思わせなきゃいけない。これも品質のうちだとかおっしゃってます。だからスーツは当たり前なんです。しかも仕立てのいいブランドのスーツが。でも、電車を使うときはスーツはやめた方が無難ですね。画内から来たことがバレバレですから。今日は行きは私がお送りしますけど、帰りは電車でしょうから。ちょっと心配ですね。帰りも私がお送りできればいいんですけど。内藤さんところで現物を確認したら、とんぼ返りでオフィスに戻らなきゃいけないんで」
 「大丈夫ですよ。女の子じゃあるまいし。それに、そんなに遅くならないから。でも、そんなに治安が悪いの?そういえば昨日ホテルでも注意されたけど」
 「そうですね。あまり言いたくはありませんが、画内と画外じゃ空気が違います。画内が安全すぎるんで余計感じるのかもしれませんが。特に画外の人の中には画内の人間を良く思わない人も結構いるんで。私も目立たないようにこの姿です。これだと比較的安全ですから。オフィスではスーツを着てますが、通勤は画外らしいラフな格好ですよ。スーツはオフィスに置いてあるんです」
 「服装に気をつかわなきゃ外も歩けないなんて変な国になっちゃたな。もっとも北海道じゃ考えられないけど。まあ東京だけかもしれない」
 「今は慣れて何とも思わないけど、言われてみれば確かに変ですよね。でも、こういうラフな格好の方がいいところもあるんですよ。何というか解放されるんですよね。鎧兜を脱ぐという感じかな。画内ってなんだか皆気取ってて、型苦しくて。何か息苦しい感じしませんか」
 「昨日来たばかりだし、ホテルと飲み会だけだからあまり気にならなかったけど」
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬