画-かく-
委員会は、あくまでも法案が憲法、民法、刑法等に抵触していないか?その他の一般法、特別法と整合性がとれているか?法理上内容に矛盾がないか?法律の形態を備えているか?用字・用語に誤りはないか?などの純粋に技術的な事項についてのみ審査することとされていた。
委員会発足当初は、政府の恣意的な運用が免れないとの批判があったが、政府にはそのような意図は毛頭ないようだった。それは参議の能力を甘く見ていたからに外ならない。
また、実態をみても、参議制度発足後提出された法案は年に2〜3本程度しかなく、参議が提出して成立した法律も新たな祝日を設けるもの、スポーツで活躍した選手に特別の年金を給付するものなど他愛のないものだった。今では、委員会の運営に疑問を呈したり問題を指摘するような者はいない。
7.ペナルティー
「選挙権ですか?僕はあります。詳しいことはよく分からないけど、森下君なら良く知ってるんじゃないのかな?」と上村か答えた。
「一応法学部なんで知ってるよ。僕らも一応選挙権はあります。でも被選挙権はありません。それから、神村さんたちだと年収高そうだから1票か0.8票はあると思います。勝手に想像してすみません。で、僕たちなんですけど、学生なんで一律0.2票しかありません。納税額比例選挙権制度というやつです。納税額に応じて人それぞれに一票の格差があるという訳です。それから、これは調べてみないとわらないけど上村君はアルバイトしてるでしょ。上村君の場合は僕と違って常勤で働いてるからひょっとしたらあと0.2票上乗せされて0.4票になる可能性がないでもない。職場でちゃんと報告してれば。僕の場合、神村さんのところのバイトは金額が小さいし闇というか表に出てないでしょうから無理でしょうね」
「人聞きの悪いこと言うな。ちゃんと給与で払って経費として処理してるぞ。でも君の選挙権のことまで考えちゃいがな」
「ところで法学部のお兄ちゃん!ついでに教えてくれ。国民カードを失くしたら選挙ポイントが引き下げられるって聞いたけど本当か?そんな馬鹿な話ないよな」
「もちろんありませんよ。そりゃ誤解です。ちょっと話が長くなるけどいいですか?」
「もちろん」中年4人組が口をそろえる。興味津々だ。
「結論を先に言うと、他人が落としたカードを届けるとポイントが加算されるということです。神村社長のおっしゃってることと逆です。つまり、誰かが落したカードを拾って警察に届けると報償として現金5万円か50万円の税額控除か投票権0.2ポイントが与えられるという制度です。目的はもちろんカードの不正使用を防止することです」
「じゃあ失くしても問題はないんだな。安心した」
「でもペナルティーはありますよ。もし再発行するとなったら5万円取られます。しかも再発行まで2〜3日はかかるし、警察でジクジクと説教食らったりもするらしいです。皆さん失くされたことないんでしょうね。僕もないですけど、友達が失くしましてね。結局出てこなくて5万円パーです。皆さん気を付けてください」
「そりゃ気を付けるけど5万円は高すぎる」
「そうですね、実際に再発行に掛かる経費なんて数百円だと思いますけど。カードの管理をおろそかにしないようにペナルティー的な意味合いを持たせてるんでしょうね。でも、普通はすぐにカードは見つかるので、半日もしないうちに元の所有者の手元に届くらしいです。報償制度の効果は絶大ですね。ただ、この場合は届け出てくれた人に別途に謝礼をするのが慣例になってて相場は1万円だそうです。届ければ5万円の報償プラス1万円だから悪くないですよね。制度としては税額控除とか選挙ポイントも選べるけど5万円もらうのが圧倒的に多いみたいです」
「そりゃそうだろう。でも報償が良すぎると報償狙いで盗む奴も出そうだな」
「そうですね。その可能性は否定できない。だから、1回報償を受けると5年間は拾って届けても報償は受けられないというのが原則になってます。また、報償金をもらった人のうち、警察が怪しいとにらんだ場合は、届けられたカードじゃなくて届け出た人のカードの使用履歴が1年間追跡されるようです。これはどこにも書かれていないのでことの真偽は分かりませんけど」
「今の政府ならやりそうだ。やろうと思えば簡単だしな。たかが5〜6万円で追跡されちゃかなわん。下手に届け出ない方がいいな」
「そんな風に考えるのは神村社長のようなお金持ちだけですよ。ついでに「関所破り」のこともご説明しましょうか?」
「うんうん」中年4人組が身を乗り出してきた。
「関所破りと言っても、セクションを強行突破するような馬鹿はいませんよね。そんなことしなくてもその気になれば画の中なんて簡単に入れますもんね。要するに出入画ゲートを通らないでグリーンベルトを歩いて越えたり、隅田川を泳いで渡ったりすることですけど」
「それそれ」
「案外ペナルティーは緩いんです。照明塔とかフェンスとかグリーンベルトの施設を壊したりするとこれは勿論罰則がありますけど。ただ、これって器物損壊ということですから関所破りとは直接関係ない」
「そりゃそうだ」
「で、単にグリーンベルトを越えたとか隅田川を渡っただけで、特に悪質なものでなければ、一時的に最寄りの関所所管の警察署にしょっ引かれて、身元を確認されて、説教を食らって、はい帰っていいよということになります。拘置されることは滅多にないらしいです。その後、数日したら罰金の納付告知書が送られてきて、それを払って一件落着です」
「へえ、大したことないな」
「だって、画内に入るのは上村君じゃないけどそんなに難しくないし。あっ、上村君ごめんね余計なこと言っちゃった。まあそんなことで、あまり厳しく取り締まっても意味ないんです。ただ、落しものカードの報償制度じゃないけど、関所破りをした履歴はしっかりと国民カードに残されて要注意人物扱いされることは間違いないでしょうね」
「なるほどブラックリストか」
「それから、もう一つペナルティーを忘れてました。関所破りするような人間は国の秩序を守らない者、国政に貢献する意識が低い者と断定され、選挙ポイントが0.2から1の幅で引き下げられます。引き下げ率は、動機や内容に応じて決まります。引き下げの適用期間も動機や内容に応じて5年から20年の幅で決められます。処分のうち軽いものは正式な裁判を経ずに略式命令で処理されます。交通違反みないなものですね」
「なるほどな。良く分かったよ。さすが法学部だ。見かけによらずしっかりしてる」
「こんなことは大学じゃ教えてくれません。社会人としての常識です。ていうか、大学にはいろんな奴がいるから、そいつらの経験談とかの受け売りです」
「そうか常識か?しかし、選挙権が増えたり減ったりするなんて変な制度を作ったもんだ。大人になっても点数付けられるなんて感じ悪いな」
8.即断即決
国会の一院化については不承不承賛意を示した参議院だったが、納税額比例選挙制度に対しては激しく抵抗した。