画-かく-
「神村さんお久し振りです」
「え、おお森下君か久し振りだな。元気そうだ」
神村は壁に向かって座っていたので二人が入ってきたことに気付かなかったようだ。
「今日は何?デートなの?一人?」と聞きながらカウンターの方を見る。
「二人です。男だけど」
「なんだ。まあいいや。良かったら友達も一緒に飲まないか?オゴるよ」
「いいんですか?ありがとうございます。じゃお言葉に甘えて」と言ってからカウンターのフリースのところに行き、それからマスターと一言二言話し、フリースと一緒に戻ってきた。
「紹介します。僕と同じアパートに住んでる上村君です。マスターがテーブルを付けていいと言ってるのでテーブル付けます」と言って二人で横の二人掛けのテーブルと椅子を寄せてきた。フリースが上村です言いながらぺこりと頭を下げた。
「まずは森下君の紹介からだけど、その前に酒はラフロイグでいいか?」
「できれば普通のやつがいいですけど」
「何が普通だ。俺たちが飲んでるのは真っ当なアイラウィスキーだぜ、失礼な。じゃ前田と同じのにしとけ」と言ってメーカーズマークのソーダ割りを二つマスターに注文した。「で、この失礼な森下君はうちでたまにアルバイトをしてもらってるんだ。見ての通りの好青年でしかも現役の経世大の学生だ。確か出身が北海道と言ってたよな。この芳野は今は旭川市民だから紹介しておくよ」と言って私を指さした。
「芳野です。よろしく。で、北海道はどこなの?」
「深川です」
「じゃ隣町じゃないか。奇遇だね」
「で、次は上村君だ。自己紹介するか?」
「え?はい。上村と言います。今森下君と同じ蒲田のアパートに住んでます。森下君は経世大だけど僕は川崎にある専門学校に行ってます。出身は甲府です」
我々も一応自己紹介しとくかと神村から、私、矢崎、前田の順番で簡単に自己紹介した。自己紹介している最中にマスターがソーダ割りを持ってきたので紹介が終わると同時に乾杯した。
「皆さんえらいんですね。緊張するなあ」と森下が言ってのける。
「えらかあない。ただの中年オヤジの集団だ。でも全く緊張してないくせによく言うよ」と神村が応じて場がなごむ。
「森下君は今3年生で、俺がクライアントの家とかオフィスに出かけてプレゼンをやるときに運転手兼荷物持ち兼ディスプレイ担当で手伝ってもらってるんだ。うちの社員を使えばいいんだけど行く場所によっては1日つぶれるし、もったいない。パソコンの画面じゃ小さ過ぎてイメージ湧かないんだ。今はどこの家やオフィスでも大きなディスプレイはあるから、俺がクライアントと挨拶とか世間話をしている間にパソコンとディスプレイを繋ぐセッティングをしてもらうんだ。他に、使う予定の部材の見本を並べたりしてもらう。結構イイ男だから高級ブランドの少し地味目のスーツを着せればうちの商品がより高級に見えるという利点もある。順調にいけば来年卒業だろうからいい跡継ぎを見つけておいてもらわないと困るぜ。で、就職はどうするんだ?経世大なら引く手あまただろう」
「まだ全然です。このままいけば東京に本社のある企業に勤めることになるんでしょうけど。ゼミの先輩たちのように画内で働いて、30代で画内のマンションを買って、海外勤務か海外出張以外はずーっと画の中で暮らすと思うと全然楽しそうじゃないですよね。何だか息がつまりそうで。いっそのこと北海道に帰ろうかなとも思うんです。ただ、北海道は勤め先があまり無いので」
「じゃ、芳野のところに雇ってもらえ」
「いやいや、経世大の卒業生が来るような大手じゃないから。来てくれるんなら勿論うれしいけどね」
「そうですか?神村さんところの仕事って面白いし。僕も木のことがちょっと好きになってきたから、芳野さんところも木の関係のようなので考えてみます」
「うれしいこと言ってくれるね。期待しないで待ってるよ。でも経世大ってたいしたもんだ。お宅もお金持ちなの?」
「いえ、うちのおやじは普通の教員です。だから画内には住めないので蒲田でアパート暮らしです。同期の友達はほとんど画内から通ってますけど。だから皆それなりのお金持ちなんでしょうね。そういえば僕のアパートにもう一人経世の学生がいます。実家は名古屋の近くのなんとか市って言ってたけど、そいつの家もお金持ちみたいです。ただ他の友達と違って画内は嫌いだって言ってます。講義とかゼミで用事のない日はもっぱら川崎あたりで遊んでます。今日も学校がないから川崎に行くって言ったんで、上村君が彼のカードを借りてこっちに来たんです」
「え?ということは密入画っ?」
「しっ!!」神村が制する。
「聞こえたらまずいぜ。アイラはこんな店だからそんなに心配することはないと思うけど。相互監視システムは強力だからな、どこにどんな奴がいるかわからない」
「ごめんごめん。しかし大胆だな。でも普通には来れないの?」
「結構難しいですね。僕らは大学から在学証明書が出るからフルに入れる入域許可が簡単に取れるけど。上村君のようにただ画内を見てみたいという理由じゃ入域許可って下りないんです」
「そうか、なるほど。で、上村君は画内は初めてなの?」
「ええ、今20歳なんですけど、今まで一度も画内に入ったことなくて。一度見てみたいなと思って。彼女いるんですけど彼女は一度入ったことがあるらしくて、それが自慢で。街がすごくオシャレでゴミも落ちてなくて。みんな恰好良くって、いつか画の中で暮らしたいって言うんです。僕それまで、画の中って関係ないし、あんまり関心もなかったんだけど。そんなに言うなら一度くらい見てみてもいいかなって思って。で、坂本さんにちらっとそんなこと話したらカード貸してくれるって言ってくれて」
「で、坂本っていう経世の奴なんですけど、その坂本が僕に上村君も一人じゃ心細いだろうから案内してやれって言うんで。じゃたまには東京見物でもするかってことで、午前中は大学に案内して、そのあと渋谷とか浅草とか行って、最後の締めがアイラです。でもアイラってちょっと画内らしくないから失敗だったかも」
「そうか、じゃ上村君には悪いが、これからは一応坂本君ということにしとこう。俺たちもバレると色々と難しい立場にいるし、アイラにも迷惑が掛るからな。さあ坂本君遠慮なく飲め」神村が酒を勧め、マスターに何か旨いオードブルがないかと尋ねた。
「で、画内はどうだった?」私から聞いてみた。
「ええ、女性がみんな綺麗でした。着てる服も彼女と大違いだし。街だって蒲田とか川崎とか甲府なんかとは全然違う。日本にこんな綺麗なところがあるなんて知りませんでした。みんなお金持ちっぽいし、日本じゃないみたいです。でも、僕には合ってないのかもしれない。なんか落ち着かないんですよね。何だか疲れました。僕なんかの来る場所じゃないんだろうなあ」
「初めてだからだよ。でも彼女と対等になったじゃないか」慰めにもならない。
「そうですね。良かったです。今日は思う存分遊んだから、また明日から真面目に勉強します」