小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

画-かく-

INDEX|26ページ/50ページ|

次のページ前のページ
 

 「偶然だ。このビルの前はよく通ってたんだが、ある日このビルの階段に目が留まってね。それで上を見上げたら古臭いビルだろう。昭和の匂いがプンプンだ。俄然興味が湧いてね。で、階段の入口をみたらバーアイラだろう。ラフロイグ好きの俺としちゃ入らない訳にはいかない。という具合だ。しかも、マスターが魅力的でね。淡々として飾り気がない。ああ見えてこのビルのオーナーだ。4階に住んでる。バーは道楽みたいなもんだ。3階の探偵社も家賃の滞納が多いらしくて、いつもボヤいてはいるが、探偵社の社長が、俺も二度ほど話したことがあるが、怖いのか怖くないのか、悪人なのか善人なのかよくわからない人物でね。マスターの小学生時代の同級生だとかで仲がいいんだ。水商売だからたまに訳の分からない人間が出入りすることがあるんだが、そんなとき探偵社の社長が頼りになるみたいだ。とにかくこの店は落ち着くし飽きない」
 「さっき4種の人がよく来るって言ってたけど?」と矢崎。
 「ああ、多いね。マスターがあんな人だから4種の人も入りやすいんじゃないの。値段も安いし。マスターはそもそも画の存在を認めてないし、というより人間が昭和のままだから。誰でも飲みたい奴がバーに来て好きな物を飲んで、楽しくやればいいという感じでやってる。ライブも大半は4種の人間だ。インナーもたまにやるが全然面白くない。ノリが違う。マスターも昔ベースをやってて、今はもっぱら聴くばかりだがライブもマスターの趣味だな。そんなこともあって4種の人を大事にするのかもな」
 「なるほど、俺もたまに飲みに来るよ。居心地がいい」と矢崎。
 「来るのはいいが、重鎮にはそんな暇ないんじゃないか?」と神村が応じる。
 「重鎮こそ気の休まる穴場が必要なんだよ。まあ重鎮は冗談だけど。ところで芳野、北海道はどうだ。神村が辞めて、そのあと芳野も辞めたから随分さみしくなった。北海道に行ったのは奥さんの関係だったよな」


2.特訓
 総選挙で圧勝し、その後の特別国会で再び内閣総理大臣に指名された長田は、8月に入ってすぐに長い夏休みを取り、信州の高原のホテルで過ごした。
 お盆明け早々に始まる臨時国会に備え、心身を万全の状態に整え、憲法や関連する法律をみっちりと勉強しておかなければならない。この臨時国会が正念場だ。年末までに一気に憲法の改正と国会改革関連法案を成立させなければならない。
 歴史に残るであろう国会を思い描きながら、早朝から昼食を挟んで昼過ぎまで東京から呼び寄せた学者からレクチャーを受けた。その後はゴルフかジョギングで過ごした。大学を卒業して以来これほど熱心に勉強したことはない。いや学生時代でもここまで勉強しなかった。レクチャーの中身は興味深いものばかりだった。早朝から始めてもすぐにランチの時間が来た。時間が惜しくてランチを頬張りながら質問し続けた。
 しかし食後のレクチャーは必ず2時には終えた。その後はゴルフでハーフを回るかジョギングで過ごした。雨が降ればジムのある近くのホテルに出かけた。充実した時間だった。少し日焼けし鷹揚さを増したが目には力がみなぎってきた。歴史に名を残す宰相になる高揚感に満たされた至福の10日間だった。


3.北海道
 「北海道に行った理由は三つある。一つは確かに女房の母親の関係だ。お母さんが旭川で一人暮らししてて。80幾つになるんだけど体調が思わしくなくて女房がそばで面倒みたいと言い出してね。二つ目は、女房の叔母さんの嫁ぎ先が旭川の木材会社でね、叔母さんの旦那さんがそこの会長なんだけど、専務で来てくれないかというオファーがあったんだ。社有林の管理を任せられる人材が欲しいということでね。もっとも女房が叔母さんにお願いしたのかもしれないけどね」
 「三つ目は?」
 「画に馴染めなかったことだね」
 「そりゃ分かる。こっちは、仕事で追い廻されてるのと少し慣れてきたのか、抵抗感が薄れてきたけど、やっぱり嫌なところだ。とろで専務さん、給料は良いのか?」
 「良い訳ないだろ。勿論下がったよ。でもね、旭川は物価が安いだろ。それに女房が市内のマンションを相続してるから家の心配はないしね。寒いところだけど、四季がはっきりしててのんびり暮らすには良い街だよ。それよりも、社有林が北海道北部に1千6百ヘクタールくらいあってね。それをこの手で管理経営できるというのは何とも魅力的だったからね。矢崎じゃないけど、霞が関で机上の空論を言い合っているより何倍も面白い」
 「そりゃそうだ。芳野のように現場で実のある仕事をしている方が余程やり甲斐がある。さっきの話じゃないが、画の中で生まれ育って、地方のこととか庶民の暮らしを何も分かっちゃいない政治家の相手をしてるのが虚しいよ。俺も役所をやめて田舎へ引っ込もうかな。まあ泣き言は止めとこう。ところで芳野、社有林の管理だけど具体的にはどんな仕事をしてるんだ?」と矢崎が聞いてきた。
 
 「さっきも言ったけど、わが社は旭川の郊外に1千6百ヘクタールの社有林を持ってる。森の7割はエゾマツ、トドマツ、カラマツの人工林だ。まずはこれの管理だな。要するに林道づくりと間伐だな。あと補助金の申請なんかもある。それと、大雪山に向かう国道沿いにまとまった自然林があってね。ミズナラ、カンバ、ハリギリ、イタヤカエデなんかの落葉広葉樹にエゾマツ、トドマツが混じった素晴らし森だ。夏は森林浴、冬はスノーシューを履いてトレッキングするには絶好の森だ。国道から150mほど入ったところが森の入り口でね。入り口横の林の中でレストランを経営してる。結構人気があって土日は満席になることも多い」
 「えっ?じゃ脱サラのレストラン経営者みたいだな?」と前田が突っ込む。
 「いやいや。僕はレストラン自体は関与していない。建物は会社の所有だから建物と敷地の管理は僕がしてるけどね。中は札幌のホテルでシェフをしていた者が経営している。わが社はシェフから家賃を貰うという訳だ。もっとも家賃収入といっても会社の儲けはほとんどない。建物の維持修繕には結構お金が掛るし、それを考えたら収支トントンだよ。でも、赤字さえ出さなけりゃいいと会長も社長も割り切ってる。二人ともああいうのが好きなんだろう。本当に良いところだし、常連からの勧めもあって、今は会社の業績が良いからこの際増築してオーベルジュにしようかと社長と相談しているところだ。ペンションが出来たら一度遊びに来てよ」
 「そりゃ脱サラしたペンション経営者だ」と前田もしつこい。
 「まあ、レストラン関係の仕事はごく一部で、大半は森の管理だよ。今年も林道を500m入れたし、人工林は50ヘクタールくらい間伐して、約2千?丸太を生産した。それからね、旭川市内の中堅建築会社と合弁で住宅販売事業もやってるんだ。肝心なところはわが社の森から出した良材をふんだんに使ってね。8割くらいは人工林材だけど2割くらいは自然林から抜き伐りした広葉樹を内装に使ってる。勿論自然林をバックにしたしゃれたレストランの佇まいがわが社の森づくりと住宅のイメージアップに一役かってる。地元ではすこし注目され始めてるんだ」
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬