画-かく-
「しかし、山積する困難な課題に直面している現在、我々はここに立ち尽くしている訳にはいかないのであります。私は国民の皆様の先頭に立って、国民の皆様と手を携えてこの難局を乗り越えていきたい、そう思うのであります」ここで一呼吸置く。
「今後、国民の皆様の負託を受け、私が方向を見誤ることなく国政を着実に前進させるためには、国民の皆様のご意思をしっかりと受け止めることができる政治体制、日々刻々と変化していく諸情勢に対して迅速に、かつ的確に対応できる政治体制、即断、即決できる政治体制が不可欠であります」そしていよいよ本題に入っていく。
「私はこのたび国政の大改革、すなわち国会の大改革を国民の皆様にご提議申し上げる決断をいたしました。具体的に申し上げます。「納税額比例選挙制度」と「国会の一院化」であります」これまでタブーとされてきた二つの言葉が、ついに国民に向けて発せられた。
「私は、かねてから政治とは国民の皆様のためのものであり、国民の皆様こそが政治の当事者であると固く信じて参りました。即ち、国民の皆様には政治に対して応分の責任を担って頂きたいのであります。但し、これは私たち政治家が政治の責任から逃れようという意図では毛頭ございません。責任を担って頂く国民の皆様の力をいただきながら先頭に立って責任ある政治に邁進して参りたい。そう考えるのであります」最初は威勢が良かったが、段々と奥歯にものが挟まってきた。
「また、国民の皆様に責任を担って頂くからには、国民の皆様のご意思が最大限尊重されるのは当然であります。同時に、ご意思が政治に反映されるよう努めることが私たち政治家の責務であります」そりゃそうだ。
「では、皆様に担っていただく責任とは如何なるものでありましょうか?その一つは、国民の皆様の賢明なるご判断であります。国を憂い、国を思い、国を愛する心に根差した国への献身であります。賢明な国民の皆様のご意思が国政を動かすことは自明の理であります」そして核心に迫る。
「もう一つ重要な責任がございます。それは国家財政への貢献であります。言うまでもなく国の財政は国民の皆様の浄財に支えられております。ですから、国民の皆様にご支援をお願いする以上は、政治は国民の皆様のご貢献に応える必要があることも自明の理であります」なるほど。
「そこで考えていただきたい。果たして、国民の皆様の国家財政への貢献度が正当に国政に反映されているでしょうか。勿論、選挙権は全ての国民に平等に与えられるべきものであります。しかしながら、現在行われている選挙の投票効果が真に平等であると言えるのでしょうか。国家に対して多大な貢献をされた人たちと図らずも国の財政により支えられている人たちが同じ一票ということが真に平等と言えるのでしょうか。貢献度の大きさ、国を愛する重さをできる限り投票効果に反映させることこそが真の平等と言えるのではありませんか」いよいよ核心部分に入ってきた。
「そこで、私は今般、納税額比例選挙制度をご提案させて頂くことにいたしました。選挙権は所要の年齢を満たした国民の皆様すべてに与えられることを基本といたします。これが大原則であります。そして、これに加えて、国家財政への貢献度すなわち納税額に応じて一票の重みを調整し、もって真に平等な投票効果を実現することといたしたいのであります。この制度の仕組み、効果、運用方法等につきましては、後日開会される国会の場で詳細にご説明させて頂き、十分なご議論を賜りたいと考えております」一つ山を越えた安ど感からか、いつの間にか顔から紅潮が消え余裕が見える。そして次の山に登っていく。
「さて、今さら申すまでもございませんが、国会には衆議院と参議院の二院がございます。我が国が二院制をとってまいりましたのは、民意をできる限り幅広く国政に反映させるというのがその本旨であります。しかし、国内外の諸情勢が急速に変化する現代において、果たして二院で審議するいとまがあるのでしょうか。あえて言えば、二院で審議することによる支障が生じているのではないでしょうか。衆議院又は参議院で審議、可決し、それを参議院又は衆議院に送り、さらに審議、可決するという時間的猶予が許されるのでしょうか。我が国の経済はようやく回復軌道に乗ったところでありますが、国家財政は依然危機的状況にあることに変わりはございません。こうした中、両院を維持し、議事を運営する財政的、時間的余裕が今の日本にあるのでしょうか」ここでコップの水を含み、一度息を吐き、そして続ける。
「我が国は勿論独裁国家ではございません。与党も野党も存在しております。国会の構成を一院に集約し、今以上に多くの審議時間を確保する。そして十分に議論する。論議を尽くした後は速やかに採決し、可決したものは速やかに実行に移す。そうすることで幾多の難題を迅速に解決できるのではないでしょうか」いよいよ本題だ。
「では、一院にするとはいかなることでありましょうか。衆議院もしくは参議院のいずれかを廃止するということでしょうか。いえそうではありません。両院を統合するということであります。戦後、我が国の国会は衆参の両院によって支えられて参りました。この歴史の重みを新たに構成される一院が引き継ぐのであります」いずれ国会を追われることになる参議院議員に対する心配りを忘れてはいけない。
「ここに国会改革のもう一つの柱である国会の一院化を改めてご提議させて頂きます。一院化した場合の院の構成、議員定数、議事の運営、選挙制度等につきましては、後日開会される国会の場で詳細にご説明させて頂き、十分なご議論を賜りたいと考えております。今般、国民の皆様にご提議させていただいた国会の大改革は、景気が着実に回復し始めた今しかできないのであります。この国政の大改革が成就した暁には、我が国の政治は強靭なものに生まれ変わり、強い経済と両輪を成して、我が国の再生、発展をより確実なものとし、さらに前進させることができると確信しております。私のこの考えが果たして正しいのか間違っているのか。私は、政治生命をかけてここに国民の皆様の信を問いたいと考えるのであります」長田内閣総理大臣は力強く宣言し、決戦の火ぶたは切られた。
11.与党PT
障子が開き矢崎が顔を出した。以前より少し肉付きがよくなった感じだ。やり手官僚らしくなった。
「悪い悪い。与党のPT(プロジェクトチーム)に呼ばれて、さっき局に戻って局長に報告してきた。今日は早く終わると思ってたけど、なかなか帰してくれなくてね。おう、芳野元気そうだな」と矢崎がニコリと笑う。官僚臭さが消え昔に戻る。
「久しぶり。商売繁盛でなにより。それに元気そうだ。ところで先ずはビールかい?」と応じる。
皆は店自慢の刺し身を食べ終え、シンプルに塩焼きにしたメバルをつつき始めていた。ビールは最初だけで、その後、女将秘蔵の地酒が振舞われ、既に半分近くが無くなったらしい。相変わらずのハイピッチだ。
「そう、絶対ビール。早く飲みてー」