画-かく-
「山の中の村だからやっぱり林業は盛んなの?でも林業だけじゃ食えないか」と前田。
「山の中だから木材資源だけは豊富だよ。しかも良い木ばかりだ。ただ、特別な理由が無い限り丸太では村外に出さない。全て村内で加工する。家の構造材、内装材から家具、日用品、玩具に至るまで加工している。家の部材の市場は主に九州で、遠くは岡山県くらいまでを商圏にしているらしい。受注すると加工した部材を施工場所に直送する。そもそも木の質が良い上に加工精度が高いから注文が相次いで工場はフル稼働だ。家具、日用品、玩具は蔵原村の魅力に惹かれて優秀なデザイナーが続々と村内に移住してくるから今やKURAHARAはブランドだよ。しかも、国内だけを相手にしてないからね。今ではアジアの新興国の富裕層をターゲットにして売れ行き好調らしい。内外比率は去年海外向けが国内向けを上回ったと言っていた。勿論林業だけじゃない。農産品、農産加工品にしても有機、減農薬のKURAHARAブランドは強い。あと染色、織物、衣類もあるしね。あの村は何をやってもセンスが良い」
「センスね。ただの田舎の村じゃないんだな」と前田がうなずく。
「そうだよ。村の中心部に150mほどの商店街があるんだけど、これがなかなか素敵な街でね。電線は地下に埋設されて無粋な電柱はない。昔宿場町だった雰囲気を生かした歩行者専用道路で、中ほどに広場があって休めるようになっている。土日は何がしかのイベントかパフォーマンスをやってる。パフォーマーと言ったって大半は村内のアマチュアで、さすがに若者が多いけど熟年層や中年層も負けじと頑張ってる」
「力強いなあ。でも田舎だから夜は早いんだろう?」
「僕もそう思ってたんだけど、これも良い意味で裏切られた。食堂、レストランは地産池消でおいしいものを出す店ばかりでね。まずいと競争に負けるから。衣料品や日用品を扱う店も皆センスがいい。だから村外から大勢の人が遊びにやってくる。だから儲かる。夜、飲食店は、早いところで8時に閉まる店もあるけど大抵は9時までやってるし遅いのは11時というのもある。普通の商店も7時までは開けてるし8時までやってるところもある。だから平日の夜もそれなりに人が歩いてる。金、土の夜は賑やかだよ」
「旭川と変わらんな」
「ところがね、コンビニは村のポリシーとして一軒もない。12時から6時は寝る時間で、この時間に起きてウロウロしている奴は人間のクズだという考えが浸透していて誰も文句を言わない」
「そりゃあっぱれだ」
「ただし、3月下旬の金土2日間の桜まつり、お盆の13日から15日の3日間、稲刈りが終わった10月下旬の金土2日間の秋祭り、年末の29日から31日の3日間は、夜市と称して、一般の店は10時、飲食店は深夜1時頃まで店を開ける。中央の広場で村民大歌謡大会とかのイベントもやる。羽目を外す時は外すんだ。メリハリが利いている」
「でも遠隔地の集落の人は車だろうから運転手役は酒が飲めないので気の毒だな」と酒好きの前田が我が事のように心配する。
「これもちゃんと考えてるんだな。通常でも無人の電気バスが夜10時頃まで村の中心部と遠隔地の集落を結んでいる。だから店を開けてられるんだ。で、朝は6時頃から走ってる。通勤、通学の時間帯は30分おき、それ以外は1時間に一本くらいかな。電気は腐るほどあるからエネルギーの心配をする必要がない。夜市の日は深夜2時が最終だよ。酒を飲むかどうかはともかく交通の便が確保されてるから高齢者もどんどん町場に出てきてワイワイやってるから年寄りは皆元気はつらつだ」
さらに大原が続ける。「でもあの村は、一面ドライというかちゃっかりしててね。村の運営について話を聞かせてくれと役場に電話したら、先ずは広報を通してくれと言われてね。広報に電話したら、広報担当者の対応は実に手慣れたものでね。さわやかな声で「取材費は資料代を含めて1時間4千円です。半日なら1万円2千円、丸一日なら2万円になります」とサラッと言われた。
結構な値段ですねと言うと、担当者曰く村民へのサービスが自分たちの仕事なので、村民に対するサービスは基本的に無料ですが、村民以外の方には有料で対応させて頂いております。但、村のPRにつながることでもありますので特別お安く設定しておりますと言ってのけるんだ。なかなかあっぱれだよ」
「確かに」
「蔵原村に行ったのは公務というより個人的に興味があったからなので、一日休暇を取って行ったんだ。だから、取材費は勿論自腹だよ、痛かったなあ。先方は、一日目は午後から、2日目は午前中なので本来なら半日かける2なので2万4千円になりますが、1日分の2万円にまけておきますとこれまたさわやかに言いやがった。こっちも自腹だから遠慮なく色々聞かせてもらった。対応はすべて責任者かその代理が自信を持って、いやな顔一つせず的確に答えてくれる。そう考えるとあの値段は安いかも知れない」
10.信を問う
「本日、衆議院を解散いたしました」6月16日夕刻記者会見に臨む長田内閣総理大臣の第一声だ。幾分紅潮している。いつも以上に胸を張り、ゆっくりと記者たちを見回し、言葉を続ける。
「日本経済は今春、奇跡かと思える回復を始めました。勿論、これは奇跡ではありません。これは国民の皆様がかつて経験したことのない苦難に耐え、たゆまぬ努力を続けてこられた成果であります。私は国民の皆様の忍耐力、持続力に対して深甚なる敬意を表するものであります。わが党はこれまで常に国民の皆様とともに歩んで参りました。そして、これからも国民の皆様と苦楽を共にし、この国の発展のために一身をささげて参る所存であります」ここで正面を見据える。
「しかし、経済の回復に安んじているいとまはありません。この回復を確実なものにし、この国を再生、発展させなければなりません。この国を一から創り直さなければならないのであります」一呼吸おいて話しは続く。
「この国の経済は今後しばらくの間、着実に発展していくことでありましょう。では、国を動かす両輪、すなわち政治と経済でありますが、片方の政治は万全と言えるのでしょうか?今後、我が国を再生、発展させる力量が政治にあるのか?そう問われれば、私は遺憾ながらその力量はないと断ぜざるを得ないのであります」ここでコップの水を一口飲む。
「冒頭申し上げましたように、我が国の経済は回復を始めました。しかし、これまで長期間経済が低迷したことで、国内産業の疲弊は深刻であります。また、その影響により国民の皆様の生活水準も遺憾ながら低下していると言わざるを得ない状況にあります。一方、海外に目を転じますと、欧州の経済は依然混乱の只中にあります。また、中東やアフリカ諸国ではテロ組織の動きが一層活発化しております。このように国内外ともに情勢は困難極まりないものがあります。今後、情勢がどのように変化していくのか。そのことに思いを巡らせますと、楽観できる材料は一つとしてありません」ここで一度演台に目を落とし、正面を見据えて続ける。