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画-かく-

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 現行憲法の核心部に真っ向から切り込む重圧を長田は感じないわけにはいかなかった。自宅に与党幹部を招いて行った恒例の新年会の場では意気軒昂な姿を演出し、皆で力を合わせて戦後最大の難局を乗り切ろうと気勢を上げたのだが、皆が帰り一人残されると、迫りくる壁の高さと厚さに震えが止まらなくなった。
 シミュレーションの結果は予想以上に楽観的なものだった。しかし、それは所詮仮説、仮定の話だ。もしシミュレーションに反して大敗し、下野することになれば、その責任の全てを背負わなければならない。自分がやらなくても良かったのではないか。何故、わざわざ火中の栗を拾わなければならないのか。馬鹿な男気を出したものだ。後悔の念が何度も押し寄せた。しかし、もう後戻りはできない。悶々とする日が続いた。

 ところが、この年の春、日本経済は図らずも急回復する。メタン景気の始まりだ。起死回生の神風が吹いた。その後も日本経済は追い風を受け続ける。
 
 この年の1月に招集された通常国会は、年末に編成された超のつく緊縮予算を予定通り年度内の3月に成立させた。何の混乱も起きなかった。国に金がないことくらい野党だって知っている。予算の拡充を要求しても実現できないことくらい初めから分かっている。取れない予算を要求しても恥をかくだけだ。一方で、予算の無駄を追求して、削減を迫れば実現することはほぼ間違いない。しかし、予算削減の首謀者にされては困る。ということで予算審議は粛々と進み、予定通りに可決成立した。
 同時に、前年に仕込んだ法案のうち百二十本ほどが粛々と成立していった。新たに財政負担が生じるような法案は皆無で、治安の悪化に対応して防犯対策の強化を図るもの、孤児や浮浪者の増加に対応して彼らの保護を効率的に行うもの、農畜産物の増産を促すため農地の利用促進を図るものなど、これまでの予算を組み替えて対応するものばかりで、どこからも反対が出そうにない代物ばかりだった。
 6月に入り、成立を見ていない法案が20本ほど残っていたが、この国会で成立させなければ国が立ち行かなるようなものは無く、6月の上旬には国会は終わったも同然になった。勝負に出るならこのタイミングしかない。メタン景気が始まり、ようやく訪れた春に国民は浮き立っている。争点は勿論「国会の大改革」だ。この国の戦後民主主義体制を土台から作り変えるのだ。
 

9.蔵原村
 「それはそうと蔵原村って最近よく聞くけど何処がスゴいの?」と今は森林政策研究所に出向している前田が聞いた。
 「先ずは直接民主制だな」
 「えーっ?直接民主制て、スイスみたいな?」と前田が食い付いた。
 「そう。内務省がうるさいから形だけは村議会を置いているし議員も一応いる。でも議員イコール区長で、議員は肩書きだけで議員報酬はゼロ。議会に出た日だけ日当が出る。議会と言っても実際は区長会議だけど」
 「へえ。そんなこと聞いたことない」と前田。
 「内務省がマスコミに手を回して報道させないように抑えている。他に波及すると不味いと思ってるんだろう。で、直接民主制のことだけど、赤ん坊だって意見が言える。勿論赤ん坊が発言する訳ないけどね、例え話しだよ。つまり発言する権利には年齢制限は設けていないということなんだ。小学生くらいになると結構意見を言うらしい。しかも具体的な政策に反映されることもたまにはあるようだ。しかも何をしゃべってもいい。夢物語、大言壮語大歓迎だと村役場の職員が言っていた。但し、勿論ルールはある。あくまでもテーマに関係する意見であることと本人が真剣に考えたものであることだ。そんなことですか?どうやって判断するんですか?って職員に聞いたら、村民は皆真剣だから不真面目な意見を言うとブーイングが出たり、雰囲気が一瞬にして凍るらしい」
 「なるほど、じゃあうまく運営できてるんだね」
 「直接民主制を導入した頃は、受け狙いの不真面目な意見もあったらしいけど、いつの間にかそんなことをするバカ者はいなくなったと言ってたな。だったら雰囲気は結構堅苦しいんじゃないのって聞いたら、職員いわくどんな意見でも皆真剣に聞いて、それに対する反論や応援も堂々と発言するが、場の雰囲気は全然堅苦しくなくて、むしろ和気あいあいとしてるらしい。要は皆でこの村を盛り立てていこう、もっと元気にしたいという意欲が浸透しているからだと思うと胸を張ってた。しかも「全員集会」の映像は全てネットで配信するようにしてあって、都合で集会に出られない村民も情勢をフォローしているようだ」
 
 「画内とは大違いだな。蔵原村に比べたら画内の人間は去勢された牡牛だ」と神村が嘆く。
 「そういえば画内には議会はあるの?選挙のことなんて聞いたことないな。もっとも北海道で東京のローカルニュースは流れないけど」と私。
 「実はこの前、俺の会社に中央政府の役人がやって来てね。議員に立候補してくれないかって頼まれた」と神村。
 「なんだそりゃ、官製選挙か?」と私。
 「まあな。芳野以外は皆知ってるが、画内には事実上自治はない。中央政府の直轄地みたいなものだ。これは東京だけじゃない、大阪も名古屋も同じだ」
 「へえ」
 「画が導入されたとき、画内は統一的に維持、管理した方が治安上も機能上も効率的だという理由で、中央政府が地方自治法を改正して、これまでの区を解体して単一の行政区にしたのは芳野も知ってるよな」
 「知ってる」
 「そのとき、画内のインフラ整備とか住民の管理や監視も中央政府の意思が強く働くようにしたんだ。それで、本来地方政府がやるはずの都市計画や住民福祉なんかも中央政府の一部のセクションが担当することになった。要するに住民から自分たちの暮らす土地を管理運営する権利を取り上げたんだ」
 「そこまでは知らなかったな。でも誰も文句言わないの」
 「それがな、住民たちは自分たちの意思で画内で暮らすことを選択してる訳だし、画内は画外と比べてはるかに安全だし、住民サービスが行き届いているからな。誰も文句なんて言わんさ。だから去勢された牡牛だと言うんだよ」
 「なるほどね」
 「ただし、地方自治がないというのは民主国家として体裁が悪いということなんだろう。一応は首長もいれば議会もある。ただ、首長とか議員になってもやる仕事なんて何もない。住民だって彼らに何も期待していない。そんなのがいることすら知らない。だから誰も首長とか議員に立候補なんてしない」
 「そりゃそうだ」
 「で、中央政府の役人が、画内の住民から適当な人物を首長候補とか議員候補に選んで立候補させるんだ。今年は統一地方選挙があるだろう。選挙にならないと格好が悪いから候補選びに躍起になってるんだ」
 「じゃあ、神村もめでたく議員様か」
 「馬鹿言え。俺はそんな暇人じゃない。丁重にお断りしたよ。それより蔵原村の話の方が余程建設的で面白い。大原ほかにも言いたいことがあるんじゃないの」
 
 「そうだね。エネルギーだけど完全自給だ。太陽光と木質バイオマスがメインで、小水力発電も取り入れている。村内の全部の電力需要に対して30%以上の余力があるらしいけど、遺憾せん山の中の村だから送電コストがかかるので売電は難しいらしい」
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬