画-かく-
「だから、蔵原村みたいに必死で頑張って成果を出しているところは、発展計画なんて言うと鼻で笑うよ。中央政府には一切期待してないから計画づくりでも何でも適当に遊んでろってね。ただし邪魔だけはしないでくれと釘を刺されたよ」
6.シミュレーション
2022年7月の参議院議員選挙の投票率は33%と過去最低だった。20歳代以下は15%、30歳代は20%、40歳代は28%だった。組織票を持つ与党は大きく過半数を上回った。しかし、与党執行部に歓喜の表情はなかった。国民が参議院を見捨てたこと、国民が政治を見限ったことが明白な事実として突き付けられたからだ。
国会改革に取り組むしかない。2022年の暮れ、この国の将来に何ら明るい展望を示せない貧弱極まりない政府予算案を仕上げると、与党総裁であり内閣総理大臣を務める長田は腹を固めた。
国会を改革したくらいでここまで悪化した国の財政が改善するとは毛頭考えてはいない。ましてやこの国の将来を切り拓く手段になるはずもない。しかし、やるしかない。政府、与党の覚悟の程を見せるのだ。国民に対して、世界に対して。
これは生きるか死ぬかのカケだ。国会は大混乱するだろう。国会どころか国内がまたしても大混乱だ。連日連夜国会議事堂や永田町をデモ隊が取り囲むだろう。しかし、ここに至っては政府、与党が一致結束してこの壮大な実験を完遂させなければならない。この賭けに勝てる公算は極めて大きいからだ。
密かに作業を続けてきたシミュレーションの結果が2022年の秋に出ていた。
納税額比例選挙を導入したとすると、衆議院の投票総数に占める与党の得票数の割合は1.5倍から2.5倍になった。1倍もの開きがあるのは、納税額に対応する得票ポイントをどのように設定するか、また投票率をどの程度見積もるかによって差が生じるためだ。
納税額比例選挙とは、例えば、前年の納税額をもとに複数のグループに分け、最上位のグループに属する者が1票、その次のグループの者が0.7票、その次が0.5票というように1票の効力に差を設けるというものだ。保有する株式の数に応じて株主総会の議決権に差を設けるのと同じようなものだ。
設定する数値によって当然のこと結果に違いが出るが、与党への得票数が仮に2倍になったとすると獲得できる議席数は大体1.8倍になった。単純に考えれば議席数も2倍になるはずだが、比較的野党が強い都市部の定数を多くせざるを得ないため野党に有利に働いた。
また、シミュレーションでは、衆議院の議員定数を50増加することとした。これは、参議院を廃止することによって国会に民意が反映されにくくなる弊害を軽減するためだ。勿論、本音は参議院議員の救済策の一つだが、これには野党も反対しないだろう。むしろ100人くらい増員しろと言い出すかもしれない。しかし、そんなことをしたら何のための参議院廃止かと国民にそっぽを向かれてしまう。
もし、衆議院の議席数を1.8倍にできれば、参議院の若手で将来役に立ちそうな者たちの7割は衆議院に鞍替えさることで救済できる。さらに、高齢の衆議院議員の地盤を引き継がせればほぼ100%救済できることになる。残る役に立ちそうにない参議院議員たちには、野党の議員たちと同様に相応の救済策を用意してやれば乗り切れるだろう。
7.自治体連合
「面と向かって発展計画にダメ出しするなんて強気だな」と神村。
「そうだね。蔵原村の場合は鼻で笑う余裕があるけど、僕が政府の職員だと判ると俺達を見殺しにするのかと食って掛かる首長までいる。でも、食って掛かる元気が残っている自治体はまだいい方で、消滅寸前の自治体なんかは首長のなり手がいないなんてところがある。将来の展望は全く見えないし、首長になっても待ち受けてるのは苦労の連続だということが明白だからね。結局、以前財政状況が比較的良かった時代に首長になったか、その後何かのはずみで首長になってしまって、そうしたら後任がいないから辞めたくても辞められなくて、という後期高齢首長のところが多くなるばかりだよ。住民も企業も減るだけ減って自前の税収はほとんど無し。借金が嵩むばかりで、行政サービスなんて必要最低限のレベルの半分もできない。自治体の職員は、先輩が定年で辞めも後補充されないから減るばっかり。人口が半分になっても仕事の量は半分にならないから、一人で何役もこなさなければいけないし、この先楽になる見通しもない。意欲がなくなるのも無理はないよね。節電は当たり前で、暗い事務室に青白い顔をして目がぎょろぎょろした職員がチラホラいて、暗い顔でパソコンに向かっている。もっとも、訪ねて来る住民もほとんどいないからあまり問題もなさそうだけど。ああ、この自治体も死に向かっているんだなと心が寒くなる。現場に行くたび自分の非力が情けなくなるよ」
大原の嘆きに「こうなったのは何も君のせいじゃない。あまり自分を責めるな」と神村が柄にもなく慰める。
ただ、大原も凹んでばかりいる訳もなく面白いことを言い出した。「でも、捨てたもんじゃないよ。蔵原村のように元気な自治体は既に中央政府を見限って自治体の有志連合を作ってるんだ。そして地元の名産品や工業製品の見本市を海外で共同で開いたりしている。そればかりじゃない、ニューヨークとパリと上海には有志連合の現地事務所まで持っている」
「やるじゃないか」
「でもね、こんなことで驚いてちゃいけない。自治体運営に必要な短期資金や公共投資に必要な長期資金を融通し合う基金を有志連合で創設してるんだ。ほかにも地域で起業する人材の養成とか自治体職員の研修も合同でやっている。目的がはっきりしていて、戦略があって、何よりやる気が違うからやることなすこと全部上手く行っている」
「へえ、そうなると霞ヶ関は面目丸つぶれだ。関係省庁は面白くないだろうなあ」と役人時代に遭遇した何人かの顔を思い出して、つい口走ってしまった。
「そうなんだよ。黙ってやりたいようにさせればいいんだ。助けが必要になったら向こうから泣き付いてくるんだしな。泣き付いて来たら大人の対応をしてやればいい。
ところが、貿易は国の産業政策の要だから勝手にやるな。国の方針に従ってやってもらわないと困るとか。融通し合えるくらい資金に余裕があるなら有志連合に参加する自治体への交付金は減額すると脅しをかけてくる。何のことない、自分達がロクな仕事もできないくせに、自分たちの権力が損なわれるんじゃないかと心配してるだけだ。地方は生き残りを賭けて必死にもがいているのに、霞ヶ関はこのザマだ。何のための政府かって言いたいよ。僕だってこんな連中の仲間と思われるからやり難くて仕方がない」また大原のぼやきが始まった。
8.決断
2023年の年明けを長田は今まで経験したことのない緊張感を持って迎えた。今年こそ、これまで先延ばしを繰り返してきた宿題に決着をつける。現行憲法を改正するのだ。改正といっても文言の一部を修正するような生易しいものではない。憲法の根幹部分の改正だ。