画-かく-
こんな時の伝家の宝刀は、これまでは中央省庁の再編、合理化だった。しかし、これはすでにやり尽くして、目ぼしいタマはない。
同じく役人の人減らしと賃金の引き下げも限界だ。それでなくても最近の中央省庁のモチベーションの低下は著しい。役人の能力の低下も目を覆うばかりだ。中央省庁の厭戦ムードは深刻だった。
この国の将来について、役人たちがどれだけ立派なビジョンを描いてみても、その内容がどれだけ優れていても、実行に移す予算は始めからゼロ査定なのだ。国民の暮らしを必要最低限守ろうと役人たちが知恵を絞っても、認められるのは予算の削減につながるアイデアだけだ。役人たちがやれる仕事は前年度まで続けてきた事業をうまい理屈をつけて廃止するか、廃止が無理なら大幅に削減することだけだ。
そんな状態だから役人たちだっていつ首を切られるかわからない。しかも今や給料は中堅企業並みに引き下げられてしまっている。公務員になれば将来は安泰といわれたのは遠い昔話だ。
それでも一般庶民の思い描く公務員像は高給取りのエリートだ。だから公務員を羨ましく、妬ましく思い、目の敵にする。不景気になればなおさらだ。結果的に優秀な人間、やる気のある人間は次々と中央省庁を辞めていく。残るのはほかの職場ではとても使い物にならない者たちだ。また、そんな中央省庁に新しく勤めようとするのは中央省庁しか勤め口を得られない者たちだけだ。
政治家たちはここにきてようやく自分たちの失敗に気付く。公務員たたきは国民の不満を解消する極めて有効な方法だった。しかし、やりすぎて行政が機能しなくなってしまった。これまでは、分かったような分からないような、曖昧で抽象的な指示でも、とりあえず指示さえしておけば、役人たちはもっともらしい政策に仕立て上げてくれた。そして「この政策は○○先生が立案されたものです」と手柄をお膳立てしてくれたものだ。しかし、今は役人に指示してもまともな答えは返ってこない。へたに役人に指示して、つまらない政策を考案され、それが大きな問題に発展し、指示を出した自分の責任を問われかねない。元はと言えば政治家の身から出たサビだが、後の祭りだった。
5.地方発展計画
「先週の金曜日から九州に行ってたんだ。土曜日は阿蘇山麓の町のセミナーに出て国の方針を説明してね。その後はお決まりの懇親会で、翌日はセミナーの現地見学会に同行してね。月曜日は県庁主催の講演会があって、そこでまた国の方針を説明した。ここまでは変わりばえしない内容だよ。まぁ本業だから手は抜けないけどね。ただ、講演会の出番が午前の部だったから、夕方の懇親会まで付き合ってくれというのを丁重にお断りして、会場から車を飛ばして蔵原村に行ってきたんだ。それで今日の昼過ぎまで村にいた。あそこはすごいね。面白かったよ。頑張ってる地方は本当に頑張ってる。勿論頑張ってないところの方が圧倒的に多いけどね」と大原が汗を拭きながら答える。
「そうか、そういえば大原は「地方発展推進本部」に出向中だったよな。で、今は本部で何やってるの?」と挨拶代りに聞いた。
「えーっと。地方発展計画は知ってるだろ。あれが去年12月に正式に閣議決定されたんだ。で、その計画をしっかり進めるためにお決まりの推進本部が出来た。で、計画の農林水関係部分の説明行脚をしてるということだね。農林水関係のスタッフはスタッフ長とアルバイトさんを含めて10人しかいないし、アルバイトさん2人と庶務の1人を除くと中身を説明できるのは7人しかいない。その7人で国会対応、関係省庁対応、地方回りをしてるってことだよ」
「なるほど。じゃ忙しいはずだ。確かに地方は大変だよ。旭川だって今じゃ人口が30万人を割って、高齢化は当たり前すぎて話題にもならない。デパートは10年前に完全撤退。企業倒産も相変わらずだ。それでも旭川はまだましで、観光資源に恵まれた一部の自治体を除いたら北海道の北部や東部の自治体は大半が消滅寸前だ。昼間に町の中心部に行っても人の姿がないというのは20年くらい前からあった話だけど、街中を走ってる車すら見なくなった。昔賑やかだったはずの商店街は街並みだけはそのまま残ってるんだけど、看板は錆びて、剥がれて、プラスチックの看板は割れて、中には窓ガラスが割れたままになった空き家もちらほらあってね。空き地は草ぼうぼう、舗装の割れ目からも草が生えてきてね。昔は町一番のおしゃれな洋品店だったと思われる店のショーウインドの奥から裸のマネキンがにっこり笑ってる。まるでホラー映画だ。棄てられた町だよ。ゴーストタウンというのは例えでも何でもない現実の姿だ。政府は地方の活性化が最重要課題だとか言ってるが口先だけとしか思えないな。地方に暮らしたことがあるのかと言いたいよ」とついぼやいてしまった。
着物姿の若い娘が瓶ビールを運んできて各人に注いで回り、一度奥に戻ってから八寸を持ってきて卓に並べた。手際はいいのだが、空腹気味なので料理の出るのを遅く感じる。神村が皆の顔を見回し、美味しいものを美味しいタイミングで提供するのがこの店のスタイルだとのたまう。
「さあ、先ずは乾杯だ。芳野ご発声」と神村が促す。
「ではご指名なので。今日は皆さん集まってくれてありがとう。皆さんのご健康とご活躍を祈念して乾杯!」私の発声で近くの者同士がグラスを合わせて乾杯し、一斉に飲み干して、互いにビールを注ぎあってひと段落。ようやく落ち着いて箸を進め始めた。ホタルイカの煮物、雪下にんじんのムース、ズワイガニの手まり寿司など、素材の旨味が利いている。ビールより辛口の酒が合いそうだ。後に続く料理が楽しみになる。
「ところで、地方発展計画の話だがな。俺も原木の買い付けで年中地方回りをしているが、計画通りには行ってないな。すべての地方とは言わないが、大半の市町村は元気がない。政治家は本当にどこを見てんだろうな」と神村もぼやく。
待ってましたとばかり大原が「それよ。選挙区は全国各地に散らばってるから国民の皆さんは政治家はほとんどが地方出身だと思ってるけど、殆どの先生は東京生まれの東京育ちだからね。大阪圏とか名古屋圏の選挙区でも東京生まれの東京育ちが結構いる。だから地方の実情なんて本当のところは分からないだろうな。与野党とも一応勉強会みたいなのは開いているし、ごく一部勉強熱心な先生もいるにはいる。でもそんな先生だって言うことは理想論というか机上の空論というか、どこかの大学教授や評論家の受け売りか、一部の成功している自治体の宣伝のようなものが多いんだ」
「なるほどそんなものかもな」
「地方発展計画にしても書いてあることは至極もっともで、間違ってないとは思う。計画通り行けば上手く行きそうに見える。でも現実はご覧のとおりさ。これまで同じような計画を何本も作ってはきたけど、計画通りにいかなかった原因、理由をしっかりと調査、分析していないから上手くいくはずがない。でも、自治体は目先の金が欲しいから計画自体に反対はしない。まあ、僕が言うのも変だけどね」
「確かに」