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画-かく-

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 蒸気機関車を横目に見ながら直進し、正面の高層ビル横の歩道を歩く。その先に目的のビルがあるはずだ。そこは駅正面のビルよりは若干低いがそれでも優に30階はあった。上はオフィスビルかマンションのようだが、1階から3階まではやはり飲食店が入っている。1階には飲食店のほかにコンビニとドラッグストアが入っていた。スマホのGPSで確認するとこのビルで間違いなさそうだ。
 飲食街のエントランスホールに入り、ズラリと並んだ店名の中から目当ての名前を探す。3階の店名の中に「和食けやき」という名前を見つけ、エレベータで3階に昇る。ドアが開き正面の案内に従って左側の通路を行く。通路左側の4軒目、小さな行灯に和食けやきの文字を見つけた。神村の行き付けの料理屋だ。新潟の漁港直送の魚と地酒が自慢の店らしい。コースの値段は他のお客の手前安くはできないが、女将秘蔵の地酒をサービスしてくれるとのことだった。
 
 引き戸を開くと掃き清められた土間があった。ケヤキの上り框の奥にヒノキの廊下が伸びている。白檀がかすかに香る。靴は並んでいない。スリッパが廊下に4組綺麗に揃えてある。まだ誰も来ていないのかと思う間もなく女将が奥から出てきた。三つ指をついていらっしゃいませと迎えてくれる。神村さんの名前でと告げるとお待ちしておりました、こちらへどうぞと廊下の一番奥の部屋に通された。障子を開けると神村と増本、小西、前田が茶碗を手に一斉にこちらを向き、お久しぶりと声を掛けてきた。
 「やあ久しぶり。みんな元気そうだな」と応じる。
 「今日は芳野が主役だからこちらへどうぞ」と小西が奥の席を勧める。
「何で主役なの」と問うと「遠路北海道から出てきたんだから」と小西が答え、「主役と言っても勿論割り勘だから心配すんな」と前田が付け加えた。
「まあ気を使うメンバーでもないから何処でもいいか」と言いながら奥の席に座り「他には誰が来るの?」と聞いた。
「矢崎と大原だ。藤田は海外主張中なので今日は7名だ」と幹事然と神村が言う。
 「藤田から昨日メールをもらった。今頃はローマで仕事中だろう。参加できないので皆によろしくとのことだった」と私から伝えた。

 障子が開き、「お客様がお見えになりました」と言いながら女将が私のお茶を持って入ってきた。その後から大原が入ってきた。外はかなり寒いはずだが額に汗が見える。少し息が荒い。大きなバックパックを背負い、登山用のシャツにウインドブレーカーを羽織っている。下はチノパンだ。アマチュア登山家が山から帰ってきたようだ。
 「お待たせ。悪い悪い。みんな久しぶりだね」
 「今回も現場か?このところ毎週出張だな。情熱の人だね、よく身体が持つよ。ほどほどにしておいた方がいいぜ、頑張っても給料は変わらんだろう。身体を壊したら元も子もない。俺の場合は頑張れば頑張っただけ儲けになるからいいがな」と神村が労いにならないような労いを言い「矢崎は少し遅れると言ってたから始めるか」と女将を呼び、始めるように言った。
 「今日はメバル、ノドグロ、サクラマスの良いのが入ってます。こちらのお任せで用意させて頂こうと思いますが何か苦手なものがあれば仰ってください」と女将が言うと「ありません!」と全員が即座に答えた。思わぬハーモニーに女将がプッと吹いた。
 「日頃まともな物食ってる奴はいないのかよ?ここは魚が絶品だからな。刺身は勿論だけど、煮物、焼き物、蒸し物何でも旨いから楽しみにしていてくれ」と神村が期待を持たせ「で、大原今回は何処に行ってたんだ?」と聞いた。


4.袋小路
 最初は荒唐無稽と思われた二つの議連だったがその勢いは増すばかりだった。景気はなべ底を這ったままだ。庶民は日々の暮らしを守るのに汲々とし、政治に目を向けるゆとりはない。そもそも政治に何の期待もしていない。テレビの中で、世間のことは何でも承知しているかのような顔でインタビューに応える政治家を見ていると無性に腹が立ってくるが、腹を立てても腹の足しにもならない。これまで何回か選挙で投票してきたが何も変わらなかったし、これからも変わることはないだろう。彼らは庶民のことなど何の関心もないのだから。投票に行くのは時間の無駄だ。選挙権なんてどうでもよい。勝手にしろ。参議院を廃止するらしいが、無くなるならそれはそれで結構なことだ。これで役に立たない政治家が一人でも減るなら国の財布も少しは楽になるだろう。ざまあ見ろだ。庶民にとって二つの議連の活動などどうでも良いこと。応援する気持ちなどさらさらないが、反対する理由もなかった。

 富裕層は大賛成だ。相次ぐ増税で政治に対する不満は高まる一方だった。税金の使われ方だって我慢ならないことだらけだ。仮に納税額比例選挙が導入されたら少しは自分たちの意見が反映されるかもしれない。参議院の廃止にしても異存があろうはずがない。そもそも何の役にも立っていないのだから。衆議院にしても役に立ってはいないが、とりあえず一つくらいは残しておかないと先進国としての体裁が保てない。取りあえず残すなら衆議院だろう。まあ、その程度だった。

 先に現実味を帯び始めたのは納税額比例選挙制度の方だ。与党の支持層は相対的に高所得層が多い。仮に納税額比例選挙制度が導入されたら、当然与党に有利に働く。歓迎すべきことだ。
 しかし、与党としてもこの話に安易に乗る訳にはいかない。憲法の根幹に関わる話しだからだ。ましてや憲法をないがしろにして我田引水を企んでいるなどと言われたら元も子もない。
 与党幹部や政府高官はいろいろな場で「納税額比例選挙制度は明らかに憲法44条に反するものである。権利の平等は当然保障されなければならない。しかし一方で言論の自由は保障されるべきものであり、制度について議論すること自体を妨げる訳にはいかない。いずれにせよ、本件については慎重な上にも慎重な対応を願いたい」と釘を刺した。
 
 参議院廃止の方はもっと厄介だ。与党にも参議院議員が多数いるからだ。身内を切る話に簡単に乗れるはずがない。彼らを救済できる方法があるとすれば話は別だが。
 「参議院は立法の一翼を担う重要な機関であります。憲法を尊重する我が党としましては、現行憲法に定められている参議院を廃止するなどという問題が軽々に論じられることは極めて遺憾であります。今後、与党内においてこの問題を議論することは厳に慎んで頂きたい」与党総裁である長田が議論禁止令を出した。
 しかし、この時、長田は与党の政策調査会のごく少数の幹部に対して、納税額比例選挙制度が導入された場合の与党が獲得できる票数、当選できる議員数、参議院から衆議院に鞍替えしてきた場合の議員の受け入れ可能数、鞍替えできない議員の救済対策などを極秘裏に検討することを指示した。
 
 その後しばらくの間、日本経済は底を這う。回復の兆しは一向に見えない。大手企業は発展著しい新興国に本社を移し始めた。富裕層の国外逃避も止まらない。失業者が街をさまよい、物乞いが列をなす。今こそ、思い切った手を打たなければこの国が消えてなくなってしまう。それは与党も消えるということだ。税収は落ち込み、国債残高は膨らむ一方だ。時間だけは怠りなく進む。
 
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬