画-かく-
投票率は過去最低の48%だった。年代別では、18歳以上を含めた20歳代の投票率が28%、30歳代が37%、40歳代が45%と年齢層が下がるほど投票率が低かった。若者たちは政治というものに期待も関心も持たなくなっていた。
選挙が終わるや否や、全国各地で原告団が結成され、選挙の無効を訴え出た。予想通りだ。ただ、今回は一部の学者や政治マニアによる告訴では終わらなかった。
給料は期待したように上がらない、逆にいつ首を切られるかわからない。学校を出ても定職につけない。子供を持つ親たちはやっと働き口を見つけたと思ったら保育所に空きがない。老人たちはあてにしていた年金を減らされる。それなのに消費税はしっかりと上がる。
国は何をやっている?政府は何をやっている?そして国民の声を代弁するはずの国会は何をやっている?何もやっていないのだ。怠け者の国会を糾弾する裁判に対する関心は今までになく高まった。
ただ一方で、裁判の無力さも痛感させられる。仮に裁判所が違憲と判断しても何も変わらない可能性が高いからだ。過去にも多くの違憲判決が出たが国会は何もしてこなかったからだ。
国民の間に重い怒りが広がっていく。国会なんか要らない。勿論政治家も要らない。金ばかり使って何もしてくれないのだから。国会があるところは一等地だから、つぶして再開発して借金返済の一部に充当すればよい。無茶苦茶な話だが国民の中に中央政府や国会に対する怒りが膨らんでいく。
そして、国会議事堂周辺から霞が関、永田町周辺への抗議デモが毎週土日になると行われるようになり、参加者の数は増えていった。
その動きは大阪の御堂筋でのデモ行進に飛び火し、名古屋、福岡、札幌と全国に拡がっていった。インターネットでも国会や政府、与党への批判が拡大していった。
「国会合理化!議員は半減!歳費も半減!国会合理化!議員は半減!歳費も半減!」
そして2018年春の札幌高裁を皮切りに大阪、東京、広島のすべての高裁が2017年の総選挙の選挙結果を無効とする判決を下した。裁判所もこれまで見たことのない国民の怒りに抗うことはできなかった。国は直ちに上告した。これが国民の神経を逆なでし、反発をさらに増幅させた。デモ行進はさらに拡大する。それは地方の小都市にも広がっていった。
第3章 地方発展計画
1.夕暮れ
あの後、松田を紹介してもらい、残った仕事を片付けるという神村を残してKPWを後にした。同期会の場所はお馴染みの新橋だ。虎ノ門からならゆっくり歩いても15分で着いてしまう。7時半までは1時間以上もある。
以前の上司や同僚、関係省庁の知り合いに出くわすのは面倒な気がしたので霞ヶ関方面は避けて、久し振りに内幸町から日比谷公園辺りを歩いてみることにした。内幸町までは虎ノ門の裏通りを歩く。以前に比べて行き交う人が少なくなって随分歩きやすい。昔は間口の狭い小さな飲食店が軒を連ねていたが、小さな雑居ビルの多くが取り壊されて小奇麗なビルに生まれ変わり、1階は明るいカフェやラーメンショップ、小洒落た和食処に変わっていた。
外堀通りに出ると、ここも以前に比べ人通りが少なくなっていた。歩道が随分広くなったように感じる。外堀通り沿いのビルもほとんどが高層ビルに建て替えられ、歩道に沿って銀行や証券会社が並び、所々に高級ブランドのブティックやゴルフショップ、ワインショップが入り、カフェのテントやレストランのイタリア国旗などが見える。歩道はレンガ敷きで、葉を落したプラタナスが立ち並び落ち着いた佇まいだ。
歩いているうちにオレンジ色の街燈が点り始めた。車道をみても以前と比べ車が少なくなった。スピードを上げる車もなく静かに流れている。タクシーは全て無人の自動運転車だ。
画内では3年前にタクシーが全て無人化された。乗り方は昔と変わらない。こちらに向かってくるタクシーを見つけたら手を上げれば良い。空車なら停まってくれる。乗車拒否はしない。ドアが開いたらシートに座り、座席前のモニタ画面に映る男性乗務員に行き先を告げれば良い。昔のタクシーと違いモニタ画面の乗務員は丁寧に「いらっしゃいませ。ご乗車いただきありがとうございます。どちらまで参りましょうか」と聞いてくるので、行き先を告げれば「かしこまりました」と落ち着いた品のある声で応対してくれる。女性乗務員の場合もあるにはあるが、タクシーの場合は男性の方が安心感があるとかで8割方男性だ。無人だからどちらでも関係ないようなものだが。
目的地に近づいたら停車位置を口頭で指示すれば停まってくれる。運賃は全て国民カード決済だ。行き先を告げたときに顔のデータが記憶されているので、読取り機にカードをタッチすればそれで終りだ。
メカニズムは分からないが、かなりの精度で外国人を識別できるようで、乗客に応じて英語、中国語、韓国語で対応してくれるらしい。同じような顔をしているはずだが、ちゃんと日本語、中国語、韓国語を使い分けるそうだ。試してみたい気もするが、今は時間をつぶさなければならないのでタクシーは使わず気ままに歩くことにする。
日比谷公園は以前と同じように大木が鬱蒼としていた。図書館は既に取り壊され、跡地にはオープンカフェを併設したギャラリーが木立の中に佇んでいた。外のテーブル席に座っている人はおらず、明かりの灯った店内で何組かのカップルやグループが語り合っている。公園は新緑間近でウメとモクレンの花が見えるくらいだ。散策している人の数も少ない。
夕闇が濃くなってきた。日比谷通りに出て、帝国ホテル横の道を数寄屋橋方面に向かう。さすがにこの当たりまで来ると行き交う人の数は多い。人波の中に何組もの外国人観光客がウインドウショッピングを楽しみ、夕食の店を物色している。この辺りも人々はゆったりと歩き、急ぎ足の人はいない。数寄屋橋交差点まで来るとすっかり夜の風景になり大型ビジョンの広告が眩しい。昼間の暖かさはすでになく、寒さが増してきた。コートのポケットに手を突っ込む。スクランブル交差点は以前のように混雑することはなく歩きやすい。
晴海通りを銀座4丁目交差点に向かう。オレンジ色の街燈の下を行き交う人々はこれからディナーなのか映画を見るのか、皆着飾り笑顔で話しながら歩いている。歩道沿いには高級ブランドの衣料品や靴、宝飾品などを扱うブティックが並び、それらを眺めながらゆったりと歩いている。半分くらいは外国人旅行者だ。
時刻はいつの間にか7時10分を回っていた。新橋まで歩こうと思っていたが、遅れるとまずいので地下鉄を使うことにした。
銀座4丁目交差点そばの出入り口から地下に降りていく。駅の構造は以前と変わらないが、明るく綺麗になった。改札を抜けホームに降りて行く。最も混雑する時間帯のはずだがあまり混み合ってはいない。
ホームに降りるとすぐに渋谷行きの黄色い車両が入って来た。降りる人を待って乗り込む。少し混んではいるが押し合いへし合いというほどではない。着飾った中年婦人のグループ、品のある熟年夫婦がシートに座り静かに語り合っている。ビジネススーツを着た人達がつり革を持ちスマホを眺めている。