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画-かく-

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 しかし、課長を1年ほど務め、45歳になったとき突然農務省を辞めて、特殊な木材を扱う会社KPWを立ち上げた。周りの者は皆驚いた。森林局でバリバリ仕事をこなしていたし、上司の受けも良かったはずだ。与党の中堅、若手議員の無理難題も上手くさばいていた。誰も辞める理由が思い当たらなかった。しかも、立ち上げた会社が一部の好事家しか興味を持たない銘木という特殊な木材を扱うというものだ。誰もが首をひねった。
 一方、本人は至って冷静で、真剣そのものだった。上司に対してこと細かな説明はしなかったが「役所に対する不平不満は一切ない。また、任期途中に辞めることについては無責任の極みで大変申し訳ない。しかし、今なら安心して後を任せることのできる者がいるし迷惑を掛けることはない。一方で、この歳になってようやく自分のやるべき仕事を見つけたのでどうか理解して欲しい」といった趣旨のことを伝えたようだ。
 その後、神村は今の会社を立ち上げたのだが、勿論ただの材木屋にはならなかった。銘木を室内空間とともに売り始めた。つまり銘木の魅力を最大限引き出せる室内空間を創作し、大きな付加価値を付けた商品として売り始めたのだ。

 
2.メタンの灯り
 2023年。その年の2月、政府系の研究機関である先進技術開発機構と東都産業大学の共同研究チームがメタンハイドレートの採掘に関する革新的な技術開発に成功し、それを報じるニュースが日本国中を駆け巡った。当然この情報は世界にも瞬く間に広がった。
 メタンハイドレートは燃える氷ともいわれ、石油や天然ガスに代替できる未知のエネルギー源だ。しかもメタンハイドレートは南海トラフをはじめとする日本の周辺海域に豊富に眠っており、石油や天然ガスと違い日本が自給できるエネルギー資源として大いに期待されてきた。ただ、採掘が極めて難しいため利用することは夢物語と考えられていたのだ。
 ところが共同研究チームの成果を使えば商業ベースに乗る可能性が極めて高いという。その方法は、簡単にいうと海底のメタンハイドレートに熱を与えてハイドレートを分解し、ガス化したメタンをパイプで海上まで送るというものだ。
 
 具体的には海上の採集船から海底まで長いパイプを降ろす。パイプの先端部には加熱装置とポンプが装着され、その先は巨大なラッパ状の吸入口になっている。また採集船から先端の加熱装置までは別の細いパイプが繋がれている。
 始めに、細いパイプを通して加熱装置にメタンガスと空気が送り込まれる。メタンは装置内の燃焼器で燃やされ高温の二酸化炭素を発生する。これをメタンハイドレートに直接吹きかけて加熱する。
 加熱されたメタンハイドレートはメタンを気化し始める。気化したメタンを巨大なラッパ状の口から吸い込みポンプを使って海上の採集船に送り込む。
 気化が始まるとメタンのごく一部が加熱装置に取り込まれ燃焼に使われて気化を促すという仕組みだ。最初だけメタンと空気を海底に送り込む必要があるが、その後は空気だけ送り込めば自動的にメタンが噴出し続ける。採掘場所のメタンハイドレートの純度、水圧等を測定しながら燃焼をコントロールし、温度を制御すれば良い。

 研究成果が公表されると日経平均株価は直ちに反応した。1週間で1000円上げた。次の2週間でさらに1000円上げた。長く続いたトンネルの先に明かりが見えた。メタンの灯りだ。
 共同研究チームが研究成果を発表した8か月後の11月、大手石油精製会社であるジャパン石油が、高知県の足摺岬の沖合100kmの地点に研究成果をもとにした実験プラントを完成させ、実用化実験を開始したことが報じられた。
 日本の景気は底を打った。ジャパン石油は勿論のこと、プラントメーカー、造船、重機、化学、電力などメタンハイドレートに関連しそうな企業の株は軒並み高騰し、日経平均は1万2千円台を回復した。

 2024年、メタンハイドレートのロボット探査機が開発された。メタンハイドレートが豊富に埋蔵している区域を無人で探査し続ける潜水ロボットだ。ロボットは有望な埋蔵場所を次々と発見した。
 さらに、沖合に浮かべた船上でメタンを効率的に液化する技術も開発された。
 火力発電の分野でも発電ロスが極めて小さく排煙もわずかしか出さない高性能タービンが開発された。 
 この年、メタンハイドレートに関連する技術開発が爆発的に進んだ。その年の年末には日経平均が7年振りに2万円台を回復し、年明け後も一本調子で上げ続けた。


3.KPW
 「美人にお待ちしておりましたといわれると嬉しいものだな」
 「宅配業者とかOA機器のメンテ以外は、誰でもお待ちしておりましたと言って迎えるようにいってある。社員全員起立のいらっしゃいませの挨拶も同じだ。その方が気持ちいいだろう。彼女はなかなかの美人だがそれだけじゃない。俺が会社にいるのは多くて週に3日だ。しかも半日いることは稀だ。何とか回っているのは彼女のお陰だ。木のことには何の興味も持っちゃいないが、スケジュール管理と客のあしらいは天才的だ。言っとくが特別な関係は何もない。但し、あれだけの美貌と能力だから給料は奮発している。多分お前の給料の1.5倍くらいはいくだろうな」
 「へえ。そんなにか。といっても僕の給料はたかが知れてるけど」
 「それから応接室を見たろう。あれも金を掛けた。彼女と応接室でわが社のイメージは出来上がる。もっとも、あの部屋はお客様へのプレゼンくらいしか使わない。取引業者とかプライベートな客は皆この作業部屋だ。俺はこの部屋の方が落ち着く。根が貧乏性なのかもな」
 「でもあの部屋は落ち着いたいい感じに仕上がっている」
 「そりゃ俺の自信作の一つだからな。でもディスプレイが映ってればまだしも、あそこでただ誰かと話してると戦闘意欲が薄れて眠くなってくる。まあ、そういう意味では狙い通りの仕上がりとも言えるがな」
 
 「あのでかいディスプレイは?」
 「あれか?あれがうちの唯一の商売道具だ。あれでお客様に映像を見せる。うちの商売のやり方は、先ずお客様のリクエストを聞く。リクエストは別に何でもいい。具体的なものでなくてもな。勝手気ままなイメージだけでも。俺はお客様のリクエストとかラフなイメージとかを手掛かりに、お客様の希望を具体化するんだ。飛び切りの銘木を探し出してきて、その木の美しさを最大限引き出す室内空間を創作するという訳だ。とはいえ俺が創作するというより木が俺にイメージを与えてくれる。
 良い木というものはそれぞれに個性がある。いや主張してくる。このような空間にこのような姿で据えてくれというようにな。その声を聴いて俺が大体のスケッチを描く。後はデザイナーが画像にまとめてくれる。今時のIT技術は凄いよ。俺のイメージが実写したような映像になる。勿論、デザイナーのセンスと技術が一流で、俺の感性を良く理解してくれているからできるんだ。
作品名:画-かく- 作家名:芳野 喬