からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話
県道4号線が、湖畔を一周してきた周遊道路と合流する。
大沼は四方を外輪山に囲まれている。
湖は岸からすぐ深くなっていくが、東にだけ遠浅の砂浜がある。
上流の覚満淵から流れ出した土砂が、長年にわたって堆積したからだ。
堆積した上に神社が建った。いつごろのものかは定かでない。
9世紀の頃。大沼の南の畔に赤城神社の前身にあたる小沼宮(このぐう)が、
作られたという記録が残っている。
大沼の湖畔には、ミズナラや白樺などの群落がある。
これらの大木に混じり、ヤマツツジの一種で、「アカヤシオ」と呼ばれる
ツツジの花を、いたるところで見ることができる。
「アカヤシオ」は、別名をアカギツツジ(赤城躑躅)と呼ばれる。
5月末から湖畔の水辺を中心に、全山で大ぶりなピンク色の花を咲かせる。
アケボノツツジ(曙躑躅)の変種のひとつだ。
学名から推測すると、栃木県の日光がみなもととされている。
福島県から兵庫県に至るまでの広い範囲に分布する植物だ。
山頂湖の大沼は、真夏になっても25度を超えない。
下界が灼熱地獄になろうが、ここでは常にさわやかな風が吹く。
カラリとした気温を保ったまま、たくさんの植物たちを育てている。
「貞園。ヘルメットのシールドを開けてごらん。
下界にくらべて10℃近くも気温が違う、まったくの別世界だぜ」
湖畔へ向かう砂利道を、康平のスパースクーターがゆっくり降りていく。
緩い速度を保ったまま、ひたひたと打ち寄せてくる岸辺まで進んでいく。
外輪山に守られた、赤城神社の全景が遠くに見える。
青い湖面に、真っ赤な鳥居と朱色の橋がひときわ鮮明に目立つ。
「あら本当。
壮観な山の様子と、神秘な雰囲気が入り混じっていますねぇ。
ちょっと不思議な景色ですね。ここは・・・・
ねぇ。水面の上に、古い鳥居が立っているじゃないの。
ということは、ここから水面の上を歩いて、あそこに見える赤い神社まで、
参拝に行くわけではないでしょうね」
「近くに見えるが、対岸の社殿まで1キロ以上もある。
大沼には、たくさんの神話や伝説が残ってはいる。
だがさすがに、水の上を歩いて参拝したという話は残っていない。
日本は、仏教の国と思われているが、神話がたくさん残っている国だ。
いたるところに古い歴史を持つ、神社や神の領域がある。
ここもそうした土地のひとつだ。
山岳信仰の聖地として、赤城山そのものが神体にされていた」
「台湾にも、日本の神社がたくさん作られた時代が有ります。
統治時代に作られたものです。
200あまりの神社が、台湾の全土に建てられたと記録にあります。
原型をとどめているのは、数箇所にすぎないけれど桃園県にある桃園神社は、
今でも荘厳で、とても美しい建物です。
神社という特別な空間に漂う、独特の神秘的な静けさと美しさが
わたしは大好きなんです」
「へぇ、・・・・
台湾生まれなのに、君は、日本の文化にも詳しいようだねぇ」
「だから、わざわざ日本を選んで留学にやってきたの。
それにしても、ここには異次元の空間ですねぇ。
神秘的で秘密めいた雰囲気が、漂っています。
波に洗われている石灯籠といい、湖の中に消えていく石畳の様子といい、
人を引き込むような、怪しい魔力を感じさせます」
「よくわかるねぇ・・・・
ここには実は、現代の神隠しの話が残っているんだ」
「神隠し?。古めかしい非科学的な話が、今の時代にまだ残っているの!」
「そうさ。ここにはいまでも神さまが棲んでいるんだ。
現代の科学では解明することができない、神かくしの不思議な話が
最近、現実に発生したばかりだ」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話 作家名:落合順平