からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話
「あら。初めて会った私に、そこまで親切にアドバイスしてくれるのには、
なにか下心でもあるのかしら?」
「おっ、ねえちゃん。
やっぱり察しがいいねぇ。それも図星だ。
お前さんは器量がいいけど、それ以上に頭も良さそうだ。
俺。頭の良さそうな女が、大好きなんだ。
康平には内緒だぞ。
色気で迫って康平の反応がないようなら、脈がないと思って諦めろ。
いまだに高校時代の女に未練を残している証拠だ。
康平のことは諦めたら、すぐさま俺に連絡しろ。
悪いようには絶対にしない。
お前さんは、俺のタイプだからな。あっはっは」
「あらら・・・・ご忠告ありがとう。よく考えておきます。
じゃ、ごちそうさま。
美しい奥様と、可愛い双子の娘さんたちに、よろしく。
是非また、遊びに来たいと思います。あなたはとってもチャーミングだもの!」
笑顔の貞園が、スクーターの後部座席へ走る。
エンジンをかけて待機をしていた康平が、五六に振る。
ゆるやかにアクセルを開けると、スクーターが駐車場からすべりだす。
貞園が慣れた仕草で、康平の腰へ両腕を回す。
インカムを通して聞こえてくる貞園の声が、甘えた感じのささやき声になる。
「ここから先が難所なの?。
最高到達点まで、一気に登っていくと聞きました」
「もう少し登っていくと、トナカイと呼ばれている
ヘアピンカーブ群がやってくる。
そこが赤城山の、登りの正念場だ。
72ある赤城のカーブの中で、もっとも腕が試される場所だ。
中速から高速まで、スピードを自在に操る必要がある」
「暴走族の、腕の見せ場ということかしら?」
「このあたりから、障害物がなくなって見晴らしが良くなる。
四季を通じて、見える景色が最高なる。
だが高速で走る連中は、景色を楽しむどころじゃない。
迫り来るカーブに対応するため、忙しく、アクセルとブレーキを操作する。
2輪のバイク族もそうだが、4輪車に乗るドリフト族たちにとっては、
ここはドライビングテクニックの、絶好の見せ場になる」
「ふぅ~ん。このあたりが、噂に聞くドリフト走行の聖地なのか。
ということは康平くんも、後ろのタイヤを滑らせながら、ここから先の坂道を
全速力で、勇猛果敢に攻めていくつもりなの?」
「そうして行きたい気持ちは山々だが、今日はまずい。
大切なワインをこれ以上、こぼすわけにはいかないだろう。
このあたりから周囲が開けて、すこぶる展望が良くなる。
カーブを曲がるたびに、新しい景色が目に飛び込んでくるはずだ。
難所は同時に、景観にもすこぶる恵まれているんだ。
雲と同じ高さを行くから、目の下には最高の景色がひろがる」
康平のスクーターが、前方のつづら折れに向かって速度をあげていく。
木々の間から、赤茶色の岩肌が迫って来る。
トナカイカーブの上にそびえる岩山だ。
赤城の山塊の中でここだけ、赤茶色の岩肌が露出している。
赤城山がかつて活火山だった名残だ。
岩壁の麓を縫うように、まるでトナカイの角のように複雑に曲がっていくのが
トナカイカーブだ。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話 作家名:落合順平