からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話
「鹿の食害から守るため、ゲートを設置しましたと入り口に書いてありました。
人の手によって保護管理されているはずの湿原なのに、動物と人が
共生できないなんて、なんだか変な話ですねぇ」
「地球温暖化による悪影響さ。
積雪が減少したことや、オオカミや狩猟者などの天敵が減少したため、
結果的に、鹿の頭数を増やすことになった。
適正なバランスを超えて増えすぎてしまったことが、自然破壊につながった。
いまのような深刻な、食害を生み出したのさ。
鹿たちは、有害な草や葉は一切食べない。
そのために高山植物や若木の幹などが、集中的に鹿の食害被害に
遭うことになる」
「原因はやっぱり、人間による環境破壊のせいなのか。
地球の温暖化って、やっぱり深刻な問題よねぇ。
へぇぇ・・・・こんなところにも、具体例が転がっているのね」
ゲートをくぐると、熊笹が密生する斜面へ出る。
ミズナラとダケカンバの林を抜けていくと、山の景色の中に
不釣り合いといえる、高さ3mのコンクリートの堰堤が目の前に現れる。
堰堤は、覚満淵の環境を守るためのものだ。
長い年月にわたり蓄積されてきた、貴重な高原湿地の環境を守るため
あえて設置された、構造物だ。
堰堤の階段を登りきると、いきなり視界が開ける。
冷たい水を満々と湛えた覚満淵の広い水面が、とつぜん目の前に現れる。
「わぁ~。
いきなりコバルトに輝く水面が、目の前に登場したわ・・・・
へぇぁ。ここが高山植物の宝庫で、キスのホットポイントがある
噂の覚満淵か。
想像していたより、はるかにスケールが大きいわ!」
「ここは、小さな尾瀬と飛ばれているくらいだからね。、
ミズバショウを始め、たくさんの高山植物が群生している場所だ。
環境を保護するために池に面した水辺には、木道が整備されている」
「それにして高いわねぇ。
この木道は、水面からは2m以上も高い位置にあります・・・
こんな高いところまで、水面が上がってくるわけ?」
「雪が一斉に溶けはじめると、水面が一気に上昇する。
もちろん、この木道の高さまでは達しないさ。
それでも、たくさん雪がふったときは、ギリギリまで上がって来る時がある。
覚満淵に流れ込んでくる川は、一本もない。
周囲の外輪山に降った雪と、山肌に降った雨が溜まったものだ。
木道のこの高さには、もうひとつ別の理由がある。
人が水辺に侵入するのを防ぐためだ。
水辺に降りて、高山植物を荒らさないように、そんな配慮も含まれている」
木道は湖面に沿って、ぐるりと進む。
湖面に沿って、湿原の最奥部に向かって進んでいく。
尾瀬にある木道とは、かなり趣が異なる。
覚満淵に設置されている木道は、横幅が2mから3m近くもある。
丈夫な木材で構築された長い橋と言ったほうが、わかり易い。
湖面の中心部に、湿地の植物に覆われた浮島がいくつも見える。
ここが雪解け水で満水にかわるのは、5月の初旬。
満ちていく水面に同調して、春から秋まで覚満淵にはたくさんの花が咲く。
赤城山を代表するオレンジ色のレンゲツツジ。
大粒の花をつけるアカヤシオなどのヤマツツジの仲間たちが、
外輪山の山肌と、湿原の水辺を彩る。
浮島には、高原の尾瀬で有名になったミズバショウやノハナショウブ、
ヤナギランといった高山植物が、春の訪れとともに咲き誇る。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 11話~15話 作家名:落合順平