深淵の流れ
影 ―しゃどう―
熱いほおに流れ落ちる雫
つまる胸かかえて 丘をかけ登った
大空にこだまする ぼくの声は
夏の香りのする君を 呼んだのだろうか
君はただ微笑んで ぐずるぼくの手をひき
傷ついたほおに 冷たい水と 手のひらの温もり
この地に来てから 閉ざされた心に
君はやわらかな風をまきあげ
君と見上げた あの日の空は
なみだ雲流れる 透きとおる空
ぼくの親に生きうつしの君
2人に歓迎されて 照れくさそうに笑った
何故か父は 最近見せなかった
穏やかな顔で 幾度も君の名を呼んだ
そう遠くない別れに 君も気づいていて
戸惑うしか出来ないぼくを強く抱きしめた
時折 君はぼくに見えぬ場所 眺め
そのまま風の中に 消えてしまいそうで
変わらぬ明日が来ること 信じて
ほほ押さえ 見上げた あかね色の空
父が笑ったとき 光射しこんで
ぼくらの手をとり 「強く生きろ」と
それが最後の言葉
その日の昼下がり 2人丘に登って
壊れた竹とんぼを 空に飛ばした
夏の夕暮れ 影を重ねると
夕焼けと君が共に 消えていった空
あれから ぼくも君と同じ歳になり
懐かしい風に誘われ 丘を登った
ぼくが見上げた この地の空は
なみだ雲流れる 透きとおる空